「よし、門が開くぞ。行くか」
遠くなる二頭の騎獣を見送るように見ていたシュウが振り返って声をかける。
ユウヒは歩き出し、シュウの横に並んだ。
「あの、あんなんでいいんですか? 月華が本物かどうかも検めないで……」
「今回は何事もなく通らせてくれた方がいいから見逃したけど、あれはないな。ちょっと、驚いた」
「ですよね、やっぱり」
「あぁ。ユウヒでもわかる事がなんで本職のあいつらにわからんかな、まったく」
おそらくあの二人の武官は、来るとわかってはいても初めて対峙した禁軍将軍の存在に圧倒されてしまったのだろうとユウヒは思った。
後方から武官達とシュウのやりとりを見ていたが、気の毒なほどに二人とも萎縮していた。
月華の存在に気付くのが遅れた方の武官など、シュウの正体がわかった後には目に見えて顔が蒼褪めていたほどだ。
確かに、ユウヒが知る中でも、シュウは他の武官とは明らかに違っていた。
禁軍の将軍という肩書きのせいもあるのだろうが、それはその理由の一つでしかない。
剣の腕だけではなく、あらゆる面において人の心をつかんで離さない何かを持ち、実の伴った自信に溢れている。
それでいて身の程をわきまえ驕ることのないシュウは、本当に優れた武人であるとユウヒは常々感じていた。
そんなシュウと国境の城砦の門をくぐりぬける。
開かれた門扉の両側には、武官達が戸惑った様子でずらりと並んで二人を見送っている。
「見ろよ、あいつら。戸惑ってるな……揃いも揃って、妙な顔つきしてるぞ、ユウヒ」
表情こそ崩さないものの、シュウが面白がってユウヒに耳打ちする。
確かに罪人の護送だという通達を受けていながら、目の前にいるシュウとユウヒの様子を見れば、おそらく誰でも戸惑ったに違いない。
「すまんな。いかにも罪人護送中といったそれっぽくしておとなしく通ろうと思ったんだがな。さっきの奴らを見たら気が変わった。今頃、俺が本当に禁軍の将軍だったのかどうか、上の奴らに問い質されてるかもしれないな」
さも愉快そうに、シュウはそう付け加えた。
砦を通り抜けると、重たい門が耳障りな音をたてながらゆっくりと閉まり始めた。
振り返りさえしない禁軍将軍の背に向かって、皆がその場で礼を尽くすべく敬礼をしてから門の内側へと入っていく。
「いいんですか? 皆さん、敬礼してらっしゃいますよ?」
ユウヒはシュウの袖を引っ張って言ったが、シュウは首を横に振っていった。
「いいよ、別に。あんまり将軍やってたくないんだよ、こんな日まで」
「こんな日?」
「そう。休暇だし、今度いつ会えるかわからん奴と別れるわけだし……って、おぉ?」
話は途中で途切れ、シュウの視線と興味が前方に移る。
「これはこれはまた、どうしたんだか」
その視線を追いかけたユウヒの視線の先に、見覚えのある黒髪が飛び込んできた。
「あ……れは、スマル?」
シュウとユウヒの姿に気付き、前方の黒髪の男が立ち上がって手を上げた。
「あれ、本当にスマルか?」
近付いてくる男にちらちらと目をやりながらシュウが戸惑いがちに言うと、ユウヒはたまらずに噴出してしまった。
「ぷ……っ、ははっ! あははははは、本当にスマルですよ。えらくすっきりして相当若返ってますけどね。どうしちゃったんだか!」
「いや、雰囲気変わり過ぎだろう!? どうせなら城でもずっとあれでいりゃ、女官達だって黙っちゃいなかっただろうになぁ」
「あはははは、それ、本人に言ってやって下さいよ」
大きな声で好き勝手言っている二人の前まで来たスマルは、将軍職であるシュウに拝礼した後、口を開いた。
「お久しぶりです、将軍。まったく、あなたまで……何こいつに釣られて好き勝手言ってくれてんですか」
そう言ってユウヒを睨みつけた。
シュウは片方の眉をぴくりと上げて、スマルの顔をまじまじと見つめて言った。
「いや、髭のないお前は初めて……いや、久々、か? 何にせよ、こりゃえらくいい男になったもんだ」
「砂漠に行くのに暑苦しいだの何だの、言われる前にすっきりしてきただけですよ」
「へぇ〜、それだけですかねぇ」
やけに含みのある言い方をするシュウに、スマルは困ったような顔で目を逸らした。
そして思い出したように、細長い荷を二人の前に差し出した。
「どうします? 頼まれたのはシュウさんにだけど、これ、こいつの剣ですよね。どっちが受け取りますか?」