「お前は、全く否定しないな」
「否定? 何を?」
そう言って首を傾げるユウヒにシュウが苦笑する。
「今話してる全てだよ。国外に追放されるっていうのに落ち着き払ってるし、罪人扱いについても反論すらしない。全部自分の中に抱えたままでルゥーンに行こうとしてるだろう。お前、いったい何なんだ?」
ユウヒは自分に向けられている刺すような視線を感じて、シュウはおそらくずっとこれが言いたかったに違いないと、そう感じていた。
禁軍と言えば王直属の軍であり、王の近衛隊でもある。
本来であれば自分を護る立場にあるはずのこの男に、ユウヒはどこまで話していいものかと悩んだ。
シュウは聡明な男だ。
何が真実で何が正しいのか、ユウヒの話を聞けば恐らくすぐに理解するだろう。
しかしシュウは、自分の務めをないがしろにするような男ではない。
ユウヒが何か言ったところで、今の段階ではいらぬ面倒をかけてしまうだけなのは明らかだ。
ただ、今のシュウは真実を知りたがっているようにユウヒには思えた。
全てを伝えるわけにはいかない。
だが少しだけ形を変えて、シュウにできる何かを探してもらう事は重要かもしれない。
誤魔化しや言い逃れを許さないシュウの視線に、ユウヒはそう思い至った。
シュウもシュウで、いろいろと考えたのだろう。
次にシュウから吐き出された言葉に、ユウヒはうかつにも返事に詰まってしまった。
「俺は、お前を護ってやるべきなのか?」
驚きに見開かれたユウヒの双眸に、寂しげに笑うシュウの顔が映っている。
それだけで、今のシュウには十分だった。
欲しい答えを得たシュウは、苦しげに歪んだ笑みを隠すように視線を前方に戻した。
「……悪いな。それはできない」
二人の間を吹き抜ける風が、ヒューヒューと乾いた音を立てて後方に飛ばされていく。
ユウヒはどうやら息を詰めていたらしい。
はぁっと息を吐くと、自分を乗せて駆ける獣の背に目を落とした。
「将軍は……王を、シムザを護って下さい。何かあった時、最初に切られるのはあいつだから」
やっとの思いで絞りだしたユウヒの言葉に、シュウからの返事はなかった。
ユウヒはそれでも構わずに話し続けた。
「シムザはリンの大切な人なんです。馬鹿だけど、あいつなりにリンの幸せを考えてくれてる、いつもずれてるけど、たぶんそうだと思うんです、だから、あいつが捨て駒にされそうになったら、どっかに逃がしてやって下さい。お願いします」
シュウはユウヒの方をちらりと見た。
ユウヒは俯いたままで、言葉を絞りだしていた。
「わかった。王の事は、俺が責任持って対応する。まぁ、それが俺の本来の仕事だしね」
シュウの言葉にユウヒが顔を跳ね上げる。
「あ……ありがとうございます」
そう言ってユウヒは、シュウに頭を下げた。
それっきり会話は途絶え、ユウヒはシュウの騎獣の後方へと下がった。
気まずい空気も冷たい風に吹き飛ばされ、後方から照らす日の光が、寒々しく冷え切りそうな心をどうにか暖めてくれていた。
「俺は……俺はたぶん、ここでお前を斬るべきなんだろうな。ユウヒ……」
自問するように小さくつぶやかれたシュウの言葉は、吹き抜ける風にかき消され、ユウヒの耳に届くことはなかった。
それからしばらくの間、二人は何かを話そうとすらせずにひたすら宙を駆けた。
いったいどれくらい無言の時間が過ぎただろうか。
ゆっくりと、シュウの騎獣が高度を下げ始めた。
「ユウヒ! 降りるぞ! もうすぐ白州の関塞だ」
振り返ってそう告げたシュウが前方を指差した。
城砦の上にはためくのは、白州、そして白州軍を示す白虎旗。
ユウヒはシュウについて同じように高度を下げていった。
「関を通るんですか? 白州へは、このまま上空から入るものだとばかり……」
風に負けないように、ユウヒは大きな声でシュウに問いかける。
シュウは速度を少し落としてユウヒに並ぶと、ゆっくりと頷いて言った。
「どこを通って、どこから国外へ出たか証を残しておきたいとか、まぁそんなところだろう。そうだ……ユウヒ。反体制派の余計な感情を煽りたくないから、あらかじめこちらで用意した偽名を使ってもらう。関係者の一部しかわからない偽名だから、いらん騒動も起こらんはずだ」
「ふぅ〜ん、わかりました。またそりゃ手間のかかることで」
ユウヒが小さく溜息を吐くのを見て、シュウもさすがに思わず苦笑した。
「まぁ、そう言うな。お前が思っている以上、爺さん連中はびびってんだよ」
関所の大きな門まで随分と距離をとった場所に、シュウとユウヒを乗せた騎獣は降り立った。
地面の感触を確かめるかのように、騎獣達が足元の地面を踏み鳴らして声を上げている。
シュウとユウヒも騎獣の背から降りて、遠くに見える関塞に目をやった。
「ここからは歩くぞ。やたらに目を引くような真似はしたくないからな」
「すみません。何でしたらここからは私一人でも……」
「馬鹿を言うな。国内でお前を一人にしたら一番ヤバいのは白州だぞ。それに、何度も言うが、俺は国境までお前を送るんだよ」
「えぇ。ですが……」
まだ食い下がるユウヒを置いて、シュウは先に歩きだした。
「ちょっと、シュウ!」
慌てて後を追うユウヒに呼ばれて、シュウが足を止めて振り返った。
「俺はお前を国境まで送る。いいな?」
シュウはそれだけ言い捨てると、騎獣の手綱を手にまた歩き始めた。
さすがにユウヒもここは諦め、シュウの後ろをおとなしくついて行った。
しばらく歩くと、白州に入ろうとする人達の列が見えてきた。
シュウとユウヒもその列に並ぶと、騎獣が珍しいのか、目立たないようにと陸路を選んだことを後悔したくなるほどに周囲の視線が二人に集まった。
「はは、こりゃまいったな。どうも……」
「えぇ。かえって目立ってる気がします」
「まったく」
時折愛想笑いを周囲に振りまきながら、シュウとユウヒは白州の門扉を目指した。