「お待たせして申し訳ない」
そう言って正面の入り口からシュウが店の中に入ると、ユウヒがお茶を飲みながら、一人でシュウを待っていた。
店の調理場の方からは、ジンの調理する朝食のいい匂いがふわふわと漂ってきている。
席を立ったユウヒはお茶を淹れるとまたすぐ戻ってきた。
いい香りのするそれをシュウに差し出すと、そのままもといた場所に座りなおす。
シュウはユウヒの座っている場所の、すぐ隣の卓によりかかるように腰を下ろすと、渡されたお茶をゆっくりと啜った。
「なんか雰囲気違うな、ユウヒ。なんだ?」
ユウヒの方を見下ろすようにしてシュウが言った。
何の話かとユウヒは首を傾げたが、すぐに気付いて笑って言った。
「髪、おろしてるからじゃないですか? でも、そういうのはいいんじゃない、シュウ。ここはもう妓楼じゃないよ」
「うーわ、お前ひどいなぁ。俺にもお茶かけないでくれよ?」
「何の話だ!」
そう言ってジンが二人の話に割って入った。
気が付くとジンもいつの間にか着替えたようで、朝とは違う服装をしていた。
「あら? 着替えたんだ、ジンも」
「……お茶、かけられたからな」
妙な空気がユウヒとジンの二人の間に流れ、途端、シュウは居心地が悪くなった。
手にしていたお茶を一気に飲み干すと喉の奥が焼けるように熱く、シュウは思わず顔を歪める。
ユウヒはジンを見ることなく、にこりともせずに言った。
「自業自得だわ、馬鹿おやじ」
「チッ……おい将軍。皿が置けねぇ。座るのは椅子にしろ」
舌打ちしたジンに言われて、慌てて尻をどかしたシュウが椅子に座りなおす。
卓の上に置かれた皿からは、いい香りをした湯気が白くゆらりと上がっている。
早速食べ始めた二人をちらりと見たジンは、湯呑み茶碗を持ってその場を離れ、三人分のお茶を淹れてまた戻ってきた。
料理の匂いに混じって、店の中に花茶の香りがほのかに漂い始めた。
「……こんな地味でわかりにくい謝り方するくらいなら、最初っから馬鹿な事言わなきゃいいのよ。まったく、ほんっとに馬鹿」
お茶を静かに啜りながら、ユウヒは一人こぼした。
他の二人のものとは違い、猫舌のユウヒのために程好く荒熱がとられているそれは、ユウヒの大好きな花の香りのするお茶だった。
その言葉に気付いたのか、ジンは目を逸らしたままユウヒの向かい側にどかっと腰を下ろした。
シュウがその様子を楽しげに眺めている。
見るなとでも言いたげにジンに睨みつけられて、シュウは思わず苦笑してごまかした。
「あ、そうだ。シュウ」
思い出したようにユウヒがシュウに話しかけた。
「あのさ。やっぱりクジャ刀とヒヅ刀って、全然違う?」
何を言い出すのかとシュウの双眸が先を促すように見つめてくる。
ユウヒは食事する手を少し止めて言った。
「ルゥーンがどんなもんか知らないけど…今まで風の民として行った時と同じかどうか。ほら、いきなり剣を振り回してのご挨拶、なんて事になった時にさ。あんまり勝手が違うと怖いかなぁ、なんて」
ユウヒがまた食事を再開する。
シュウはその問いに、食べる手を休めることなく答えた。
「そう……だな。どんなもんをあいつが持ってくるかわからんが、違うな。全然違う。いきなり実戦じゃ、勝手が違って戸惑うかもしれないな」
「ふ〜ん。やっぱりそっか」
食事をするユウヒの手が再び止まる。
「具体的に、どう戸惑うもの?」
頬杖をついた顔をシュウに向ける際、一瞬だけジンに視線を投げる。
それに気付いたジンが小さく、ほんの少しだけ首を横に振った。
シュウの意見を肯定するものか、今その話題を持ち出しても問題ないという意味か、どちらなのかはわからない。
ただそのどちらだったとしても、ユウヒには十分だった。
ユウヒの視線は、シュウだけに向けられた。
シュウはその視線に応えるべく、食事する手をようやく止めた。
「刀身の形、そして重さ。大きく違うのはこの二つだろうな。ユウヒ、お前ずっと両刃のクジャ刀だっただろう? 切ると決めた相手に対して、ここぞという時に峰側を相手に向けて踏み込むような失敗をするとやばいぞ。アレだ、自分の方が命を落としかねない。重さについては、俺達に比べて女のお前は非力なはずだから、クジャ刀よりも軽いヒヅ刀は今までよりも振り回しやすいんじゃないか?」
「うん」
「ただし、振り回した後も手にしているのが片刃のヒヅ刀だってのを忘れると…以下同文! ま、そんなとこだ」
「なるほど」
ユウヒはそう答えたきりで黙り込むと、何かいろいろと考えを廻らせているのか、小難しい顔をしたままで残りの朝食を黙々と口に運んでいた。
その様子を何か言いたげにシュウは見ていたが、ユウヒの前に座っているジンの存在がその「何か」を牽制しているようで、口に出すことができないでいた。
これ以上ユウヒを見ていてもジンがいる限り何も口にはできないと思ったのか、シュウは大きな溜息を吐いて、そのまま食事を続けた。
いつの間にか開け放たれたままになっている扉から流れてくる空気が少し柔らかくなり、外で繋がれている騎獣達がその主を待ちくたびれたのか、甘ったれたような声を上げ始めた。
「そろそろか?」
そう言って立ち上がったジンが、店の入り口のところに立った。
外はだいぶ明るくなってきたようだが、日が顔を出すにはまだ時間があるらしい。
ジンはユウヒの方を振り返り、何も言わずに外へと出て行った。
「行けるか、ユウヒ」
シュウが立ち上がる。
ユウヒもそれに続いて立ち上がった。
「はい」
二人が外に出ると、繋がれた騎獣の背にジンが荷物を固定していた。