震える肩


 辺りは静まりかえり、二人の足音だけがやけに耳につく。
 ユウヒは前を行くジンの背中に声をかけた。

「ねぇ、ジン。結局ジンの話って何だったの?」
「ん? あぁ。俺が最優先にするのは何か、お前に言っておきたかっただけだ。蒼月を王に、国をあるべき姿に。そのためには人の命ですら俺は利用するってことをお前がわかっているのかどうか、それを確認しておきたかっただけだ」

 立ち止まりもせずに答えたジンの言葉を、ユウヒは沈黙をもってそのまま受け入れた。
 厩舎の中に入ったジンが、ユウヒの騎獣を連れて再び姿を現した時、おろしたままのユウヒの長い髪が突然の風に揺れた。

「うわ……」

 思わず髪を押さえてユウヒが風の吹いてきた方向に目をやると、宙から舞い降りた騎獣の背から、男がちょうど飛び降りたところだった。
 騎獣の手綱を引いて歩いてきたジンが、ユウヒの横を通り越してその男に近付いていき、ユウヒも慌ててそれに続くと、男は近付いてきた人の気配に気付いたらしく、騎獣の手綱を持ったままでその頭がすぅっとユウヒ達の方に向かって下げられた。

「おはようございます」
「将軍様か。で、何だこの色っぽい匂いは。こんなんでよくこの騎獣はお前を乗せて飛んだな」
「あぁ……あー、あっははははは、はぁ。やっぱり……これ、きついですよねぇ」
「……お前のもんじゃないにしろ、女を迎えに行くってぇ前夜に、随分とまぁ趣味のいい宿に泊まったもんだな」

 ジンの言葉にシュウがばつが悪そうに頭を掻くと、擦れた衣服からまた、焚き染められた香の匂いが風に乗って辺りに漂った。

「うわぁ、こりゃ本当にひどいな。ジンさん、着替える場所ちょっと貸してもらえませんか」
「……ユウヒの部屋でも良ければ。本人に聞いてみろ」
「はぁ……」

 シュウの横を通り過ぎるジンが、親指を後方へ突き出してユウヒを指して鼻で笑う。
 項垂れていたシュウが顔を上げると、腕組みをしたユウヒが呆れ顔で立っていた。

「あ、おはよう。ユウヒ」
「おはようございます……って、ジンの言うとおりですよ。私だからいいようなものを、シュウに想いを寄せている女だったりしたら、一発で逃げちゃうよ」
「ホント、面目ない」

 ユウヒと同じように髪をおろしたままのシュウが、申し訳なさそうに大きな躯体を小さくしているのは、見目良い男だけに笑いを誘う。
 思わず噴出し、笑い出したユウヒがそのまま話を続ける。

「妓楼帰りで待ち合わせなんて、本当に落としたい女の前ではやっちゃだめだよ、シュウ」

「うわ、そうあからさまに言われちゃうと、もうどう言葉を返していいんだか」

 ユウヒはそう言ってシュウの手から騎獣の手綱を受け取ると、店の正面の方へと歩き出した。
 シュウもその後に続いて歩き出すと、ユウヒはまた口を開いた。

「よっぽどシュウがお気に入りなんだね、その女の人は。シュウもシュウだわ、いらん事言わなけりゃいいのに。駆け引き上手な姐さん達でも、やっぱり心中いろいろあるんじゃないの?」
「いらん事って…なんだ? 前にもこんな事があったような口ぶりだな」
「え?」

 シュウの切り替えしにユウヒが振り返る。
 手綱を木に括りつけると、ユウヒはシュウを乗せてきた騎獣を労わるように、その背をゆったりと優しく撫でながら言った。

「まぁね。昔からさ、なぜか私の周りには男友達が多くてね。皆、私の事を女と忘れてしまうんだか、どうもそのテの話題にも遠慮がなくてさ」

 困ったような顔で吐き出されるユウヒの言葉に、シュウが興味深そうに耳を傾けている。
 ユウヒは何かを思い出すように静かに笑うと、また話を続けた。

「何度かあったんだよ、そういう事が。この人は私の男なんだからね、って主張するように纏わりついた艶やかな香の香り。ちょうど今の、シュウみたいにね」

 返す言葉が見つからずに呆然としているシュウにユウヒは微笑みかけた。

「裏から入ろう。着替えるんでしょう? 私の部屋で良かったらどうぞ。ついて来て」

 ユウヒがそう言って歩き出して、シュウは困ったように頭を掻きながらそれに続いた。