震える肩


「それで?」

 ジンはさらに先を促す。
 確かに今までの話では、サクが黄龍解放の場にいなくてはならない理由になっていない。
 ユウヒは少しだけ考え込んで、また口を開いた。

「黄龍の力は絶大だよ。でもクジャを思ってくれてるのは確かなの。封印されてなお、この国を遠くから支えてくれてるんだもん。でも、そんな力だからこそ、封印を解いてその力を我が物にしようとする者は後を絶たなかったの。特に、ザイン達やその時の関係者達がいなくなってからはね、すごかったみたいよ」
「…………」
「ヒリュウとザインはそんな事もすべて見通していたの。だからこそ約束をしたんだわ。どれだけの時を隔てても俺達が迎えに行くって。絶対にわかるからって」
「……黄龍はそれを信じたのか? そんな馬鹿な話を」

 ユウヒは困ったような顔で頷いた。

「そういう事になるでしょうね。どんな風に約束したのか、どうして黄龍が生まれ変わりなんていう当てにならないならないものを信じてくれたのか、そこまではわかんないよ」
「そうなのか? あの男はお前の中にいるんだろ?」
「いるよ。だからって、何でもかんでも共有してるわけじゃないし……だいたい、常に存在がわかるようじゃ、着替え一つできないじゃない!」

 ヒリュウに向かってジンが言った言葉を思い出して、ユウヒがまた湯呑み茶碗に手を伸ばす。
 その気配を感じ取ったジンがすかさず隙をついてユウヒの湯呑みを取り上げ、中に入っていたお茶を一気に飲み干した。
 悔しそうに睨みつけるユウヒの前に、薄笑いのジンが勝ち誇ったように空になった湯呑み茶碗を差し出した。

「くぅ……っ。で、でも、だからさ。必要なのよ、サクが」

 ジンは何事もなかったように澄ました顔をしてユウヒを見ていたが、手にしていた煙草でユウヒを指差し、問い質すように言った。

「あいつの事については……わかった。まぁいいだろう。だがユウヒ。黄龍がこの国を支え続けてるのは、解放された後、自らの手で壊滅に追いやる復讐のためだとはお前、思わないのか?」
「思わない」
「揺るがないな。なぜだ?」

 ユウヒは小さく溜息を吐いて言った。

「私達には想像もつかないような悠久の時を、黄龍はたった独りで砂の中の神殿で過ごしたのよね。でも、その気があるなら力を行使することはできたはずなのよ。それをやらなかった。絶望的な孤独の中にあっても、やけを起こしたりせずにこの国を見守ってきてくれてるんだよ?」
「……そこいらへんは、ちょっと何を聞かされても俺には理解できねぇかんじだな」

 ジンはそう言って苦笑すると、長くなった煙草の灰を、灰皿にとんと落とした。

「ごめん…うまく説明できない」
「いや。解放の時にサクヤが必要だってのはわかったから。それで十分だ。黄龍の思惑どうこうは……まぁ、別に……」
「させないから」

 納得のいかない様子ながらもユウヒの要求を受け入れたジンの、まるで独り言のような言葉をユウヒはきっぱりとした口調で遮った。
 何事かとユウヒを見るジンに、ユウヒはただ続けた。

「この国をどうこうなんて私がさせない。絶対にさせないよ」
「……お前が? ふん……、できんのか?」
「知らない。でも、させない」

 ユウヒはそう言って、力なく笑う。
 そして思い出したようにジンに言った。

「させないから、ジン。一つお願い聞いて」
「は? 何だそりゃ。お願い?」

 ジンが首を傾げて聞き返す。
 ユウヒは頷いて、また口を開いた。

「そう、お願い」
「これでさっきの貸しがチャラじゃねぇのか?」

 ユウヒが思わず言葉に詰まり、怯みながらも言葉を返す。

「こ、これはさっきとは別! って事で、お願いしたいんですが」
「なぁんだそりゃぁ? 勝手な話だなぁ」
「そこを何とか」

 ユウヒが食い下がると、ジンはいつもの薄笑いを浮かべて少し楽しげに答えた。

「じゃ、あれだ。こいつは俺からお前への貸しってことで、そういうことでどうだ?」

 こういう時のジンは本当に楽しそうだと、ユウヒは思った。

「俺への借りは相当に高くつくぜ? どうする?」
「それで構わない」

 迷いもせずに言ったユウヒは、満足げににぃっと笑って頷いた。
 そしてそのまま言葉を続けた。

「事情はそういうことなんで、その時にサクをルゥーンによこして欲しいんだ」
「あいつは今即位式の準備で……おそらく即位式の前後、あの城の中で一番抜けることのできん人間だと思うぞ?」
「……わかってる。だからジンに頼んでるんじゃない。無理でも何でもサクを引っ張り出して。それとも…そんなのジンでも無理?」

 ユウヒの顔が少しだけ曇ると、ジンは心底満足げな笑みをその顔に浮かべた。
 そしてもう短くなった煙草を灰皿に押し付け、おもむろに言った。

「誰に向かってモノ言ってやがる。わかった、何とかする。そっちの心配は無用だ、いずれ合流させる」
「ありがとう。頼りにしてるよ、ジン」

 礼を言ったユウヒを一人残し、ジンは立ち上がって店の出入り口の方へと歩いて行った。
 鍵を開け、扉を一気に開くと、夜明け前の湿った空気と共に潮の香りが一気に店の中へと流れこんでくる。

 ジンは扉を開け放ったままで外に一歩出ると、大きく伸びをしてユウヒを呼んだ。

「お前も来い、ユウヒ。騎獣を見ておくぞ」

「うん」

 先に歩き出したジンの後を、ユウヒは小走りに追った。