震える肩


「どうした?」

 一瞬の沈黙の後、ジンが目線だけをヒリュウに移して言った。
 ヒリュウは少しだけ何かを考えるような顔をして、一呼吸をおいてから口を開いた。

「いえ……そうだ。やはり私ではなくユウヒに話してもらいましょう。私の存在を信じてもらえたのであればそれでいい。信じてもらえたのなら、私から直接話す必要もないというもの。ユウヒと替わっても?」
「そうか。いろいろ疑ってすまなかったな。正直驚いたが……聞いた後どうするかは俺の判断になるが、それは構わないな?」
「十分です。ユウヒの側にあなたのような人がいて安心した。会えて良かった、ジン」
「あぁ」

 ジンがそう返事をした途端、ユウヒを包んでいた空気が変わり、次の瞬間、湯呑み茶碗を持ったユウヒの手が素早く動き、冷め切ったお茶が宙を飛んだ。

「…………おい」

 不機嫌そうな顔をしてジンがユウヒを睨みつける。
 ユウヒは満足そうにふんっと笑って、ジンに一言言い放った。

「当然よ」
「ひでぇな」
「避けられるのに避けなかったのは誰よ。まぁいいや。今ので許してあげる、半分だけ」

 ユウヒは席を立つと、手拭いの布を数枚持ってきてジンに投げた。

「あと半分は貸し」
「……貸し? 俺に貸し作ろうって?」
「そう」

 ユウヒはまたジンの向かい側に腰を下ろした。

「お守りみたいなもの、かな。この先に……ね、なんかもうどうにもならなくなった時とかにさ」

 お茶を頭からかぶったジンは、後ろで一つに束ねていた髪を下ろして、面倒くさそうにお茶で濡れた髪をを布で拭きながらユウヒに言った。

「助けてくれってか? 行くわけねぇだろ、俺が」
「うん。来なくていいよ。そんなの期待してない」
「それもどうなんだよ。じゃ、貸しってなんだ?」

 そう言われて、ユウヒは湯呑み茶碗をジンの目の前に差し出した。

「お茶。おかわり」
「はぁ?」

 ジンは呆れたようにユウヒの手から湯呑みを奪い取ると、不機嫌そうにお茶を淹れ始めた。

「気休めというか……援軍が来るはずもない状況下でも、ね。助けは絶対に来るっていつでも信じていられたらさ、止まりそうになる足も動くし、俯きそうになっても顔を上げられるじゃない」

 少しばつが悪そうにそう言って頭を掻くその仕草は、ジンが見慣れたユウヒのものだった。
 その様子を視界の端に捉えたままで、ジンは微かに笑みを浮かべていた。
 淹れたお茶を運んだジンが再び腰を下ろすと、ユウヒはすぐに口を開いた。

「何でもいいの。自分を支えてくれる何かがちょっとでも多く欲しいだけ」
「そんなもんか? まぁそれでお前の気が済むんなら、わかった。借りといてやるさ」
「…ありがと。ジンのそういうとこ、大好きだよ」

 ジンの眉が片方だけぴくりと動いた。

「…色気のねぇ告白だな。まぁ、ねぇよりマシか」
「失礼だなー。でもいいか、ジンにはそっち方面期待してないしね」
「失礼なのはどっちだ。まったく、誰になら期待をしてんだか……まぁいい。本題に戻すぞ。夜が明けちまう。黄龍の解放について話せ」

 ジンに促され、ユウヒは頷いた。

「私が黄龍を解放したいのは、四神の皆との約束だからってのが一つ。そしてもう一つは…時代が変わるってのを知らせるには、私の力じゃ弱すぎるから、だよ。でも黄龍の力を手に入れようっていうんじゃないの。ただずっと日陰にいるしかなかった人達にね、こう光を当ててあげられれば…って、あぁなんか言い方が抽象的よね、ごめん」
「いや、かまわん。お前の言いたい事はだいたいわかる。で、サクヤを切り捨てるのを待てってのは、ありゃいったい何なんだ?」

 そう話を振ってから、ジンは煙草に火を点けた。
 ユウヒは揺らぐ煙草の煙をぼんやり見つめながら話を続けた。

「ヒリュウと、朔だったザインは親友だったの。ヒリュウが何をやって、その後この国がどうなったかっていうのは知ってるわよね? ザインはヒリュウの遺志を継いでこの国を建て直したの。ヒリュウはザインと共に黄龍の許に出向いて行って、土使いがいなくなっても、蒼月がいなくなっても、変わらずクジャを支えてくれるようにって黄龍に頼んだの」

「へぇ……で?」

 ユウヒがゴクリと生唾を飲み込む。

「それでね、その時に約束したの。自分達が建て直した国も、その理に反している以上いつか歪みを生じて立ち行かなくなる日が来るはず。でもその時には必ず蒼月を擁して立ち上がり、この国をあるべき姿に戻す。そしてその時には必ず黄龍を迎えにいくからって。一緒に闘ってくれなくても構わない、今まで支えてくれた恩に報いて黄龍を解放するって、そう約束したの」