震える肩


「飯はまだ食わないよな? 将軍様が来てからの方がいいだろう」

 ユウヒは頷いて、用意されていた卓にジンと向かい合うようにして座った。
 閉め切られた店の中は空気が澱んでいるように重苦しい。
 ジンの入れたお茶を礼を言ってから少しだけ啜ると、ユウヒは小さく息を吐いた。

「ふぅ…美味しい」

 ジンは黙ったままで向かい側に腰をおろした。
 ユウヒは湯呑み茶碗を両手で持ったままジンに切り出した。

「で、何なの?」

 ジンはユウヒにチラリと視線を流し、煙草を灰皿に押し付ける様に消してから口を開いた。

「お前さっき、自分の事を手駒呼ばわりしたな」
「うん。したよ」
「その通りだ」

 ジンはそう言って腕を組むと、背もたれに背を預けて話始めた。

「俺はこの国をあるべき姿に戻したい。手段を選ばねぇってほどじゃねぇが、切り捨てられるもんは容赦なく切り捨てていく。替えのきかねぇもんは二つだけ。お前と、スマルだ。お前らだけは次を待ってる時間が惜しい。替えるつもりはねぇ。だがそれ以外については……」
「そっか。一応聞いとく。例外は?」

 まっすぐに見つめてくる視線から逃げることなく、ジンは間髪入れずに言い切った。

「ない」

 ユウヒは何かを考え込むように目を閉じて、そしてゆっくりと返事をした。

「……わかった」

 ジンは必要以上に声が大きくならないように、ユウヒの近くに寄り、卓に頬杖をついてまた口を開いた。

「わかってんならいいが…お前とスマル以外って事はそれがサクヤでもって事だ。確かに俺達を動かしているのはあいつだが、実質、翼の筆頭の俺が指揮をとってるからな。いなくなったところで城の様子がわからなくなるわけでも何でもねぇ。朔になれるヤツは他にもいるって事だ」
「そうなんだ。でも……悪いんだけど、サクに関してはちょっと待って欲しいんだよね」

 ジンの眉間に皺が刻まれる。
 機嫌を損ねたことがここまで表面に出るのは珍しかった。

「例外はねぇと言ったよな?」

 いつもよりやや低いその声に、ユウヒの方も顔を曇らせた。

「ジン。私の話を聞いて?」

 ジンからの返事はなかったが、ユウヒは構わず話を続けた。

「わかってると思うけど、私は黄龍を解放するためにルゥーンへ行く。私と土使いのスマルだけじゃ黄龍は解放できない。サクが必要なんだよ」
「サクヤが? なぜ?」

 ジンが話をきちんと聞いていてくれたことに安堵したユウヒは顔を歪めてその問いに答えた。

「それが……黄龍との約束だから」
「ハッ!」

 ジンが馬鹿にしたように鼻で笑って、ユウヒを刺すような目で睨みつけた。

「黄龍との約束だと? 馬鹿か、お前は。どうせ嘘をつくんならもうちょっとマシな…」
「嘘じゃない」

 ユウヒの言葉がジンの言葉を遮った。

「嘘じゃないんだ、ジン。約束をしたのはヒリュウ。最後の土使いでね、二百五十年前にこの国の禁軍の将軍だった人だよ。彼は今、魂だけの存在となって私の中にいる。その彼が、黄龍と約束をしたんだよ。何度生まれ変わることになるかわからないけれど、いつか必ず黄龍を迎えに行くって。その時は、必ずヒリュウが約束を果たしに来たってわかるように、二人揃っていくからって」
「二人? 誰の事だ」

 ユウヒは一瞬言葉に詰まったが、すぐに先を続けた。

「ヒリュウと…ザイン。ヒリュウが将軍だった時の朔を勤めていた人みたい」

 ジンは訝しげに首を傾げて聞いた。

「それが…サクヤとどう関係があるってんだ?」

 ユウヒはどう説明していいのかわからなかったが、言うだけ言うしかないと腹を括った。

「魂の記憶は私にしかない。でも約束を果たしに来たと私が一人で行ったって、黄龍はおそらく解放される事を拒む。王が黄龍の力を持ってしまったら、黄龍が封印される前に戻ることになるからね。黄龍の力はスマルに引き継がれるべきなんだ。でもスマルにはヒリュウの事がわからない。スマルはヒリュウにそっくりらしいんだけど、ただ似ているだけだと思われたら約束を果たしに来たとは思ってもらえない」

 ジンは腕を組み、話半分と言った様子でユウヒの言葉に耳を傾けている。
 それでもユウヒは話を続けた。

「ヒリュウはね、ヒリュウが約束を果たしにきたんだってわかるようにするって黄龍に言ったんだよ。黄龍は馬鹿げてるって言ったらしいけど、でも……」

 ユウヒが必死になって話をしている途中で、ふとその言葉が途切れた。
 何事かとジンがユウヒを見つめていると、次にユウヒが口を開いた瞬間、ジンの双眸が驚きで見開かれた。

「そなたはジンと申すのだな。ジン、どうかユウヒの言っている事を信じてやって欲しい」