春省にて


 ――んんんーっ、そんな事言われたってなぁ。

 サクが腕を組み、首を傾げた。

 ――だいたい城の中に置けるって時点でやばいも何もないだろうに。

 どうしたものかと考えながらそれらの品々を眺めていたが、ついには肩を竦めて言った。

「私にはわかりませんね。それぞれいろいろと言われのある物なんでしょうが…すみません。お手上げです。城の中に入れられる程度に安全なものとなると、私のような鈍感な人間の感覚じゃ何も掠ってきやしないでしょう」

 そう言って振り返った自分の肩越しにショウエイをサクは見た。

「どうしますか? 他の者に仕事を任せるのであれば、私はこれで下がりますが」
「いや…十分だ。悪かったね、サク。あなたを集中させたらひょっとすると何か引っかかるとか、あるかなとも思ったんですが…」
「それはないと申し上げました。私にそういう能力はないと」
「そうでした。つまらないことに付き合わせてすみませんでしたね、サク」
「いえ。で、目録の作成と術者の選定はどうします? 私以外の者に?」

 サクがショウエイの方に向き直ると、扇をはらりと開いたショウエイが笑みを浮かべて言った。

「それはありません。予定通りあなたにお願いしますよ、サク。あなたならここでのまれる心配もないし、適任です。頼みましたよ」
「…はい。では、早速作業に映らせてもらいます」
「頼みます。私は隣の執務室にいますから。何かあったら大変ですし、終わるまでは毎日付き合わせてもらいますね」
「よろしくお願いします。では」

 そう言って、サクは奥の間の中ほどまで進み、壷などを一つ一つ検め始めた。
 ショウエイはその様子を確認すると、衣に炊き込んだ香の香りだけを残して奥の間から出て行った。

 ――いったい何だっていうんだ? わけがわからない。

 サクはショウエイの消えた執務室へと繋がる扉をちらりと見やると、一つ溜息を吐いてまた視線を壷へと落とした。
 作られた年代も様々で、何か術を施したなどの謂れがなくとも歴史的に価値のある品も数多く見受けられる。
 その一つ一つを見比べながら、持参した筆記具で必要なものが置いてある場所を一つずつ丁寧に書き込んでいった。

 一人静かに確認作業を続けていたサクが、ある一つの木箱に目を留めた。
 木箱に描いてある紋様は何かの術式。
 サクは一息吐いて、そのまま奥の間の扉の方へと進み、執務室のショウエイに声をかけた。

「春大臣殿、よろしいですか」

 返事がない。
 少しだけ待って、サクはもう一度だけ声をかけてみた。

「大臣、よろしいですか」

 やはり返事はなく、サクは少し躊躇ったが扉を二度こんこんと叩くと、おもむろに開けて執務室を覗いた。

「失礼します。あ…っ」

 思わず言葉を飲み込む。
 ショウエイは長椅子に体を預けてうたた寝をしているようだった。

 起こさないように、静かに奥の間にサクが戻ろうとすると、目を覚ましたのか、気配に気付いたショウエイが背後から呼び止めた。

「申し訳ない…ほんの一瞬、寝てしまったようです。どうかしましたか?」
「…ぁ、申し訳ありません。起こしてしまいましたか」
「気にしなくていいですよ。なんですか?」

 髪を下ろし、着崩しただけの官服で、これだけ色艶のある男も珍しいと振り返ったサクは内心思いつつ頭を下げた。

「では遠慮なく。開けてみたい木箱があるのですが、呪を施してあるのです。解いていいものか、許可をいただきたく声をかけました」
「そう。どれですか」

 そう言って気だるそうに体を起こすショウエイは、大臣にしておくにはもったいない程に絵になる姿だった。
 噂好きの女官達が見たらどうなるのだろうかと想像して、思わず笑いがこぼれそうになったサクは、顔を歪めてそれを我慢してまた奥の間に戻った。

「これです」

 そう言ってサクが指し示した小ぶりな木箱を見て、ショウエイは愉快そうに笑みを浮かべた。

「鈍いと言ってましたが…やはり何かあるんでしょうね、あなたには」
「……? はぁ、どうでしょう」

 サクが興味無さそうに答えると、ショウエイは小さく頷いて言った。

「大丈夫です。呪を解く方法は、わかりますか?」
「わかります」
「では、自分でできますね。私は戻ります」

 そう言ってショウエイはまた執務室に戻った。
 ショウエイの視線がなくなったところで、サクは改めて木箱に向き合うと両手を使っていくつかの印を慎重に結んで言った。

「…解」

 そしてさらに両手は忙しなく動き続ける。
 それは思い出しながらというよりも、体が覚えている記憶を頼りに動くままに動かしているような感覚。

「解」

 もう一度サクがそう言った時、目には見えない何かが木箱の周りで揺らいだ。
 それを知ってか知らずか、サクはずっと触れようともしなかった木箱に手を伸ばす。
 木箱上部の木の板を横にずらすと、中には人の頭ほどの大きさの古びた壷が入っていた。
 サクは木箱の中に手を入れて、その壷を慎重に持ち上げ取り出した。

 ――やはりこれか。

 壷に描かれている模様を見て、サクは息をのんだ。

 ――満月に、龍……。

 王旗の中央に描かれているものと同じその絵柄は、間違いなく即位式の際に新王に手渡されるものに相違なかった。