連れていかれた場所はサクも初めて入る、春大臣の執務室から続く奥の間だった。
入るのは初めてとはいえ、そこに所狭しと並ぶ壷などには見覚えがあった。
祭事などの際にのみ持ち出される品々である。
呪が施してあるもの、何やら封印されているもの。
どれも「ただ置いておくだけ」の事ですら困難というわけありの品らしく、これらが城の宝物殿に納められる事はない。
城の備品というにはあまりに扱いの難しいこれらは全て青龍省の管理するところとなり、その中でも特に厄介なものがこうして春大臣が自ら管理している、という事なのだろう。
「私にはこんな収集癖はないのだけれどねぇ。ここに入ってのまれない人間も少ないですから、どうしても私が管理するしかないようなんですよ」
装いのせいなのか、いつもよりも数段優雅に見える動きでそれらの品々の間をショウエイは悠々と歩いている。
サクは物珍しそうに一つ一つに視線を走らせながら、その後をついて回った。
「あなたも…のまれないようですね、サク」
「あ、えぇ。どうやらそういった類の物にはとことん鈍い性質らしくて。まぁ、ちょっとこれはやばそうだっていう勘くらいは働きますが」
「へぇ〜。そうなんですか」
そう言ったショウエイの顔に微かな笑みが浮かんだのに、視線を落としていたサクが気付く事はなかった。
「さてと…あなたに来てもらったのは他でもありません。この中から即位式の際に必要なものを目録に書き出して、運び出すことのできる術者を手配するのを手伝って欲しいのですよ」
「私が、ですか?」
「えぇ。それなりの力のある者はいても知識がなかったり、ある程度まで調べさせようと思って部屋に入れようとしたら、気にのまれて入室すらできなかったりでね。他に頼める者がいなかったんですよ。さすがに物が物ですから、入室できるからと言って手当たり次第に誰でもというわけにもいかないでしょう」
それで自分の出番なのだと借り出された理由を理解したサクは、ショウエイの視線を身にまとったままで部屋の中の品を一つ一つ見て回った。
「どうです、できますか?」
その問いにサクは黙って頷いた。
ショウエイは満足そうに笑みを浮かべると、閉じたままの扇を手でとんと打った。
「では一つだけ、試してもいいですか?」
顔にかかる髪をかきあげて後ろに流しながら、ショウエイは唐突にサクに言った。
何やら含みのある笑みを浮かべたショウエイに対して、サクは訝しげに眉間に皺を寄せて顔を上げた。
「試すとは…何を? 私をですか?」
「えぇ、そうですよ。評判のサクがどれほどのものか、一度この目で見てみたかったんです」
ショウエイの言葉にサクはますますわけがわからずに首を傾げる。
「評判なのかどうかは存じませんが、先ほども申し上げましたが私はそういったことには本当に疎いですよ?」
「さっきそう聞きました。でも、あなたは風を操る事ができるでしょう? 私と、同様に」
あまり動揺などを表に出すことの少ないサクが珍しく驚きの表情を見せた。
「な、んで…ご存知なんですか」
「おや、隠そうとはしないのですね」
「まぁ…あなたに知られたところで困ることはなさそうですし」
サクがそう言うと、ショウエイはスッとサクに近寄りその背後に立った。
「なるほどね。で、どこでそれを?」
視界から消え、背後から話しかけられる事に居心地の悪さを感じつつも、サクはそのまま話を続けた。
「先ほど執務室で申し上げた昔私が目にした書物の中にそういった記述がありました。興味半分でやってみたら、自分にもどうやら扱えるらしいと気付きまして…」
「師もおらず、興味半分でやってみて発動するようなものではないですよ。やはり、それなりの向き不向きというものはあります」
「では、少しは向いていた、ということなんでしょう」
振り返りもせずにそう言ったサクの背を、ショウエイは興味深そうにまじまじと見つめた。
「まったく、何を考えているのかわからないですね、あなたは。まぁ、いいでしょう。余談はこれまで。ではあなたを試させてもらいますよ」
「…はい。どうぞ」
「では……」
妙な汗がサクの背を伝う。
少し緊張したサクの様子を見てとったショウエイが、扇でサクの肩をとんと軽く叩いて言った。
「サク。この中であなたが一番気になる品はどれですか?」
「気になる品?」
「そうです。あなたはさきほどそう言ったものには鈍い性質だと言いましたね、サク。ならば、強い気を放つ品とか、他とは異質の品、などと言ってもわからないでしょう。それでは意味がない。私はあなたが言う勘を見てみたいのですよ」
「…はぁ」
わけがわからない、そう苛立ったサクの表情は背後のショウエイには見えなかったが、それを感じ取ったような雰囲気はサクにもわかった。
そんな勘などという不確定なものを試していったいどうしようというのか、ショウエイが何を考えているのか皆目検討がつかなかった。
しかし、どうぞと言ってしまったものは仕方がないと、サクはその部屋の中を見渡した。