春省にて


「どうした?」

 サクが訊ねると、女官達は顔を見合わせた。

「…何か、あったのか?」

 その問いに女官の一人が口を開いた。

「あの、いつになくサク様が、その…身構えていらっしゃるように感じましたもので」

 それを聞いたサクが驚いたように目を見開くと、女官は恐縮したように数歩下がり、その場に膝をつき、そのまま平伏した。

「申し訳ございません。出すぎた事を…」
「いや、そんな事ないよ。そうか、そんな風に感じたのか」

 サクは気まずそうに苦笑しながらその女官に歩み寄ると、すっと手を差し出した。

「お前達に気付かれてしまうようでは俺もまだまだだね。ほら、立って」

 ハッとしたように顔を上げた女官は、おずおずと手を伸ばした。
 サクはその手を迷うことなく取り、そのまま引き上げるように女官を立たせた。

「心配してくれたんだ? 悪かったね、ありがとう」
「いえ、そんな…」

 女官はちょこんと拝礼すると、他の女官達に並んで立った。

「大丈夫だよ。ただ、わざわざここまで足を運ぶなんて本当に珍しいからね。俺が戻るまで、あの人はどうしてたの?」

 サクに問われて、女官達はまた顔を見合わせた。
 その様子にサクの顔が少し曇る。

「何かあった?」

 女官は首を横に振り、口を開いた。

「いえ、特に変わったことはございませんでしたが、世間話程度にいくつか質問をされました」
「質問?」

 サクが問い返すと女官は頷いて先を続けた。

「はい。サク様が普段どのようにここで過ごされているのかとか、そういった事をいくつか」
「俺が?」

 サクは訝しげに顔を歪めた。
 女官は頷き、また口を開いた。

「はい。お仕事の内容などは全く聞かれてはおりませんし、もし聞かれても私共は何も存じませんので答えようもありません。ただサク様の人となりをお聞きになりたかったようでした」
「ふぅ〜ん、そう」

 サクは気のない返事をしてその会話を終わらせた。
 女官達もそれを察してそれぞれ小さく一礼すると、茶器の片付けなど部屋の中を慌しく動き始めた。
 執務室を女官達に任せてサクは一人奥の間に入り、長椅子に腰を下ろすとどかっと足を投げ出して溜息を吐いた。

 ――どうせ部屋に呼びつけるなら遣いをよこせばいいのに。

 耳の後ろの髪を指で梳きながら、サクはぼんやりと考え事をしていた。

 ――ショウエイ殿はどうしてわざわざここまで足を運んだんだ?

 女官の一人が静かに奥の間に入ってきたが、淹れ直したお茶を卓上にそっと置くと、そのまま何の声もかけることなく黙って出て行った。
 思わずサクの表情がほころぶ。
 小さな気遣いに感謝しながら、サクはそのお茶を静かに啜って一息ついた。

 執務室をざっと見渡した限りでは、ショウエイがサクのやっている仕事について何か調べていった様子はない。
 他者の目に触れることにほんの少しでも障りのあるような書類は、全て鍵付きの棚に入れてあり問題はないが、書類も、書棚の蔵書についても、手に取った気配すらない。
 女官達の言うとおり、世間話として済ませられる程度の会話をしただけのようだった。

「なんで俺に興味なんか…あ、そうか。ジンの羽根だって言ってたな。でも今さら俺のことなんて聞いて、いったい何を知ろうって言うんだ? 上司なんだからある程度知っているだろうに」

 他に聞かれては困るような話をしに来たわけでもなし、ショウエイの行動は考えれば考えるほど不可解だった。
 何かを探したような気配もなく、ショウエイの意図を量ることのできる要素はどこにもない。
 サクはそれ以上考えても答えは出ないだろうと詮索する事をやめた。
 おもむろに立ち上がりサクは執務室に戻ると、部屋の中を一望した後、椅子に浅く腰掛けた。
 文机の上の書類にざっと目をやり、そして腕を伸ばして大きく一つ伸びをする。
 背もたれにだらんと背を預けると、首をそれに乗せるようにして天井を仰ぎ見た。

 ――あー、そういえば……。

 ユウヒが城に来て間もない時、ここでいきなり泣き始めたことをサクは思い出した。