春省にて


 何でもそうだが、この省の仕事は失敗が特に許されない一発勝負がほとんどだ。
 知らなかったでは済まされないが、普段の生活に直接関わりのないような「特例」が多く、にも関わらず、情けないことに知識の足りない者が多いというような現状であった。

 サクからの指示で動く分には、言われた事を言われた通りにやれば間違いはなく、サクがそれを自分の手柄として主張する性質ではないので、実際に動いた者が何となく自分が何かを成したような気分になる。
 それが身の程を知らぬ愚かな者ならば、なおさらそういった勘違いをして悦に入る。
 驕ることなくそれらを全て自分の知識として吸収できた者は、評価も上がり、いつの間にかそれなりの地位を手に入れる事になるのだが、そうでない者は仕事をした気分だけ味わって、さらには自分への評価が相応でないと不満さえ募らせるのだ。

 そこへ今回、大臣であるシュウエイ自らがサクを介さずに指示を出したのだ。

 前者、すなわち自分で考え、判断して動ける者達はここぞとばかりにその力を惜しげもなく発揮して大臣の期待に応えた。
 だが後者にあたる者達は当然の事ながら、自分達の無能ぶりを露呈させることとなった。

 そこで見切りをつけることは易い。
 だが、今はそのような者達でも「いないよりはマシ」と思えるほどに人手不足なのだ。
 使い方を知っている者、つまりはサクに指示を出させて、回り方を知らず、回されている事にすら気付かない歯車達にも回ってもらうより仕方がないのだ。

「サク。あなたはあのような者達といつも仕事をしているのですか?」

 同情混じり、それでいて好奇心いっぱいのショウエイの問いに、サクは顔を歪めて答えた。

「馬鹿には馬鹿なりの使い途があります。もちろん、使い続ける気は毛頭ありませんが」
「問答無用でばっさりですか」
「まさか! 機会は与えます。方法を変えて何度か試して、どうにか気付くのを待ちますよ。下が育ってくれないと、私が楽できませんから」
「おや…とても恐れられているようだからどれだけ非道な事をしでかしているのかと思えば、意外ですねぇ」

 ひどい事を真顔で、いや、薄笑いすら浮かべながら愉快そうに言う上司の顔を、サクはしっかりと見据えて言った。

「非道とはなんですか。かなり気長に待っている方だと自分では思っていますよ。頑張って応えてくれたなら、尻拭いくらいいくらでもしてやりますしね。それぐらいの余裕はいつだってあるんです…まぁそれに気付いて途中で気を抜いた者を助けるほど親切でもないですが」
「ふふふ…やっぱり怖いねぇ、あなたは」
「でもまぁ、いくら試しても駄目って時には少なくとも春省の仕事には二度と回ってこられない程度にはばっさりいきますよ。そういう点ではまぁ、怖がられても仕方がないですかね。でも、上の者が怖がられなくてどうするんだっていう気もしますから」
「ふぅ〜ん……」

 ショウエイの眉がぴくりと動き、その涼やかな顔に悪戯っぽい光が宿る。
 何事かと見つめるサクに、ショウエイは言った。

「じゃぁ、あなたは私が怖いという事ですか?」
「ショウエイ殿が、ですか?」
「えぇ」

 またいつもの表情に戻ったショウエイが、その美しいと言う言葉すら似合う整った顔でサクを見つめている。
 サクは一瞬の間を置いてから、ゆっくりと答えた。

「……怖いですよ」

 上司が、という話をしていたにも関わらず、サクは聞き返した時も答えた時も上司としてのショウエイではなく、ショウエイという一個人について言っているように感じられた。
 その事が逆にショウエイを満足させたらしい事にサクは何となく気付いたが、特に自分の言葉を訂正しようとはしなかった。

「本当に、君は優秀だね。私は嬉しいよ、サク」

 サクはその言葉に何か妙な違和感を感じ、思わずまじまじとショウエイを見返していた。
 ショウエイはその視線を受けて微かに笑みを浮かべる。
 そしてまたいつものように品のある身のこなしでもって扇を少しだけ開くと、微かに浮かんだ笑みを押し込めて口を開いた。

「では、春省の仕事に回ってもらうとしましょう。私は先に戻ります。半刻ほどしたら私の部屋に」
「わかりました」

 サクがそう答えて拝礼するのを横目に頷くと、ショウエイは静かに執務室から出て行った。
 ショウエイが消えた扉をサクが見つめていると、奥の間から慌てて女官達が飛び出してきた。