晴れ渡った青い空を薄い雲が風に飛ばされるように流れている。
スマルはもう振り返ることなく、そのままユウヒの家へと足を向けた。
ホムラ様という特別な存在となったリンは、休養の名目で今ホムラ郷へと帰ってきている。
心穏やかに過ごせるようにと、リンはカナンなどの計らいにより現在実家に身を置いていた。
特にホムラ様としての勤めがあるわけでもなく、以前のように毎日のんびり過ごしているとスマルは聞いている。
リンに会って何を話そうかとあれこれ考えているうちにユウヒの家の前に着いたスマルは、慣れた様子で裏へと周り、離れの方に向かった。
「リン、いるか?」
そう言って中の様子を窺おうとしたスマルに、植え込みの影から声がかかった。
「こっちです、スマルさん。そっちじゃないですよ」
ホムラ様となった今でも、以前と変わらない話し方でリンはスマルと接していた。
だからスマルも、第三者がいる時はともかく身内や気心の知れた人間しかいない場合に限ってだが、リンに対して以前と同じように接している。
「なんだ、そっちにいたのか。何やってんだ?」
縁側に旅の荷物を無造作に置き、スマルはリンに歩み寄った。
「んー?」
リンの傍らに立ってスマルがその手元をのぞき込むと、リンは満足そうにその手で小さく持った土の山の表面を撫でていた。
「何?」
スマルが訊ねると、リンはどことなくユウヒの面影と重なる笑みを浮かべて嬉しそうに言った。
「種、蒔いてみたんです。どなたかにいただいて…何かの花の種って、名前は忘れてしまったんだけど」
そう言って立ち上がり土で汚れた手をぽんぽんとはたくと、リンはゆっくりと離れの方へ進み、スマルもそれに続いた。
お茶を淹れると言って離れの中に入っていたリンの後姿を何となく見送ったスマルは、縁側に腰を下ろし、ぼんやりと空を眺めた。
「姉さんのところに行くんですか?」
姿を見せるより先に背後から声をかけられスマルが振り向く。
リンは花茶を持って微笑みながら近寄ってきた。
掌の中にすっぽりと納まる少し小さめの湯呑み茶碗の中で、白い花がゆらゆらと揺れている。
よく言えば上品な、本音を言えばひどく味の薄いそのお茶は、優しい香りのするリンのお気に入りのお茶だった。
手をちょいっとあげて礼を伝えたスマルが、その香りを少し楽しんだ後で少しだけ啜った。
「明日には合流する予定だよ」
リンの問いに、細かな説明もつけずにただそうスマルは答えた。
「そうですか…」
リンもそう一言だけ言って、自分も花茶を少しだけ啜った。
ふぅっと息を吐いたリンはどこか様子がおかしかったが、スマルは特に自分から何か問いかけることはしなかった。
リンはそんなスマルの背中に、少し震える声でつぶやいた。
「お役に立てなくって…ごめんなさい……」
自分を責めるように搾り出された言葉に、スマルは振り向いて、リンの頭を撫でてやった。
「お前の姉ちゃんだろ? 俺に謝る事なんてねぇよ…それに、即刻死罪のところを命救ったんだ。お前にしか出来なかったことだよ。したりねぇほど感謝してるさ。俺も、たぶん…あいつも、な」
「そうかな…もうずっと考えているんです。もっと他にやりようがなかったのかなぁって」
頭を撫でる手を止めて、スマルはまた空に目をやった。
「お前がどう考えてどう動こうと、あいつはきっと同じところに辿り着いたんじゃねぇかと思うよ。どっちにしろ、お前が気にする事じゃないって。考えるな」
「考えるなって言ったって…考えちゃうでしょう? それに…姉さん、怖がりのくせに時々すごく大胆にやらかしたりするから、もう心配で心配で…」
困ったように眉間に皺を寄せて言うリンに、スマルは大いに頷いた。
「ありゃーもうそういう奴だから仕方がないよ。近くにいたって止められるもんじゃねぇし、心配することしかできねぇよ。まぁ大丈夫だろ、あいつにはいいお目付け役もいるしな」
スマルはそう言って少し表情を曇らせた。
リンからはその顔は見えなかったが、良くも悪くも人の顔色を読むのが早いリンは、スマルの変化にすぐ様気付いて声をかけた。