レーシック 航空券 4.想いの在り処

想いの在り処


「荷物はもうそれで全部か?」
「はい。いろいろとありがとうございます」

 そう言ってスマルが頭を下げる。
 何か言いたげな顔で見つめているのは、刀鍛冶トーマだ。

 スマルの手にある布を巻かれた棒状の荷は、この国の禁軍将軍から頼まれた二振りの刀剣。
 その持ち主はスマルの幼馴染み、ユウヒだった。
 使い込まれたその剣の手入れを頼まれ、やっと仕上がったところに今度はクジャ刀からヒヅ刀に打ち直すようにと新たに指示が出た。
 期限はユウヒが国境を越えるその日まで。
 スマルは大急ぎで故郷に戻り、ホムラ様であるリンの護衛となるまでずっと世話になっていた刀鍛冶のトーマの店に転がり込んだのだ。

 事情を聞いたトーマはその仕事をすぐに引き受けた。
 事態が事態だけに、トーマとその弟子であるスマルは昼夜を問わず作業を続けた。
 そしてさきほどやっと、すべての工程を終えてユウヒの剣が仕上がったのだ。
 少し休めという師、トーマの助言も聞かず、スマルはすぐに実家へと戻り旅支度を整えた。
 久々の帰郷、そして久しぶりに見る兄に妹、弟達がこぞって話しかけてきたが、スマルはそれをどうにか押さえ込んでまたトーマの元に戻った。

 ユウヒが国外追放になった事は、このホムラ郷にもすでに知れ渡っていた。
 王を騙るという大罪を犯しながら国外追放という寛大な処理となったのは、ホムラ様となったリンが動いたからに他ならない。
 それでもやはり、その事で一番心を痛めているのはユウヒの実妹であるリン自身だった。

 そのリンは現在、休養ということで城から郷に戻ってきており、ホムラ付きの城の人間が数人ほど郷に滞在している。
 皆心得たもので、郷の中のどこにいてもユウヒの話題をあからさまに引き合いに出すような者はただの一人もいない。
 それでも水面下ではじわじわと噂は拡がっているのだが、そういった類の話がリンの元にまで届くことはさすがになかった。

 スマルはそれをずっと気にしていた。
 それが顔に出ていたのか、トーマが怪訝そうな顔で言った。

「なんだ、そんなに眉間に皺を寄せて。根も詰めすぎるといいことはないぞ、スマル」
「はい、わかっています」
「どうだかねぇ」

 トーマはそう言って、大きな溜息を一つ吐いた。
 その様子をスマルは申し訳無さそうに見つめていたが、迷いを振り切るように立ち上がり、トーマに向かって深々と頭を下げた。

「トーマさん、いろいろとありがとうございます。おかげでどうにか間に合いました。俺はこれからリンのところに少し顔を出して、それから…ユウヒと合流しようと思っています。今まで本当にお世話になりました」

 そう言っていつまでも顔を上げないスマルに向かって、トーマが静かに声をかけた。

「まるで…もう二度と帰ってこないような言い方だね、スマル」

 そのトーマらしからぬ冷ややかな声色に、スマルは顔を上げることができなかった。

「ユウヒはおそらく帰ってくるつもりだよ。それなのにお前がそんな事でどうする? そんなんじゃ足手まといになるだけだ。荷物届けたらとっとと帰って来るんだな」
「トーマさん…」

 そうつぶやくだけで顔を上げないスマルに対し、トーマは容赦なく言葉を投げかける。

「諦め半分の中途半端な気持ちで関わって途中で放り出すくらいなら、最初っからやめとけ、迷惑なんだよ。惚れた女の一人くらい、死ぬ気で最後まで護るくらい言ってみろ、このドヘタレが」

 トーマらしからぬ口調で呆れたように吐き捨てられた言葉に、スマルは思わず顔を上げて後ずさった。

「惚れ…いや、ちょ…なんでそっちに話が…」
「帰ってきてからこっち、ずっと思い詰めた顔をしていたね、スマル。色恋沙汰だけじゃないややこしい事情があるのはわかる。だがな、なんだかんだ言っても、人と人の間にあるもんなんてのはもっと簡単で単純なもんだと俺は思うんだよ」

 スマルは真っ赤になった顔で小さく頷き、そのまま俯いた。

「お前は何でも小難しく考えすぎだよ、スマル。もっと自分に正直に、自由になりなさい。お前が何者だろうが、俺にとっちゃただのスマルなんだから」
「…はい」
「いいかい、スマル。死ぬ気で、なんて言ってもだ。何かを護りたかったらお前が死んじゃいけない、最後まで生きる事を諦めるんじゃない。わかるね?」

 国外追放という話しか知らないはずのトーマがなぜそのような事を言うのか、スマルは不思議でならなかったが、どうやらそれが顔に出ていたらしく、トーマは顔を歪めてさらに言葉を継いだ。

「体に気を付けて、そして必ず二人揃ってまた郷に帰ってきなさい。これは約束だよ」

 最後の言葉には、何とも言えないトーマの優しさが感じられて、スマルは顔を上げると、自分に向けられたその視線に応えるように見つめ返して言った。

「わかりました」
「そうそう。そういう顔をしておれば、こっちも妙な言葉を吐かんでも良かったんだよ、馬鹿者」
「すみません。じゃ、俺、行ってきます」
「あぁ。気を付けて行ってきなさい」

 そうは言葉の多くないトーマが、この時はやけに饒舌だった。
 自分で思っている以上におそらくこの人は自分を心配してくれているのだろうと、スマルは向きを変えるともう一度深々と頭を下げた。
 そして頭を上げたスマルは踵を返すと、引き戸を勢いよく開けて外に出た。