懐かしい風景がそこにはあった。
何も変わらないことがどこか、自分を待っていてくれたかのようでユウヒは少し嬉しかった。
「これはちょっと…意外だったな」
そうこぼしたのはシュウだった。
騎獣の手綱をそのために用意された場所に括りつけると、首の後ろを掌で撫でながらシュウはゆっくりと歩いてきた。
「俺はてっきりお前はホムラ郷に帰ると思ったんだがな。今ならお前の妹もあそこだろう?」
「えぇ、でも…ここでいいんです」
そう言ってユウヒは、目の前にある建物を見上げる。
まとわりつく湿った風が、潮の香りを乗せて通り過ぎていく。
少し汗ばんだ肌にはり付く髪を、くすぐったそうにユウヒはざっとかき上げた。
「ここには俺も寄るつもりていたが…まさかお前と一緒に来ることになるとはな」
そう言ってばつが悪そうにシュウが笑うと、ユウヒはその顔をまじまじと覗きこんで言った。
「私、お邪魔でしたか?」
「妙な気を回すな、馬鹿者。それに…この場合、邪魔なのはどう考えても俺の方だろう?」
困ったようにシュウがこぼすと、ユウヒは気にするなというように笑みを浮かべた。
シュウがそのユウヒから目を逸らし、店の方を見つめる。
あいかわらずの活気、辺りに漂う美味そうな料理の匂い。
「まいったな…うちの連中が来てると話がややこしくなる」
「シュウの部下なら、どうとでも話を合わせてくれるんじゃないですか?」
「まぁ…そりゃそうなんだが…」
どうしたものかと散々考え込んでいたシュウだったが、そのうち開き直ったのか、一つ大きな溜息を吐くとユウヒの肩をぽんと叩いた。
「ま、ここでうだうだやってても仕方がない。俺は中の様子を見てくるから…ユウヒ、お前はここで待っていろ」
「わかりました」
力なく笑ったシュウがそのまま店の入り口まで行って扉を開けると、空気を伝わって流れてきた店の中の熱が自分にまとわりついてくるような錯覚をユウヒは覚えた。
扉が閉まるとまた静けさが戻ってくる。
ユウヒは少し緊張した面持ちで、シュウが呼びにくるのをじっと待っていた。
すると、思っていたよりもすぐに店の扉が開き、シュウの顔がひょこっと覗いた。
店内の明かりで逆光になり表情は見えないが、その態度からしてやはり身内がいたのだろうと察しがついた。
ユウヒは少し迷ったが、どうせ数日後にはルゥーンに入るのだからと開き直り、腹を括って店へと近付いて行った。
店の入り口の前に辿り着くと、そそくさと外に出てきたシュウが後ろ手に扉を閉める。
その困り果てた様子に、ユウヒは首を傾げて言った。
「どうかしました?」
「あぁ…まぁ、な」
どうにも歯切れの悪いシュウに、ユウヒはさらに話しかける。
「中で、何か?」
「え? あぁ、うん。ちょっとな…」
「ちょっと、何ですか?」
「まぁその…なんだ。困ったことになってるというか、何というか…」
その情けない表情にユウヒはたまらず噴出した。
「何だって言うんです?」
「あぁ…あれだ。良くも悪くも、さすがは俺の部下達だ、としか…すまん、ユウヒ」
そう言ってシュウがゆっくりと店の扉を開けると、今朝見たばかりの見覚えある顔がそこにはいくつもあった。
「え…っ」
店内に入ろうとしていたユウヒの足が思わず止まる。
「ユウヒ!」
「やっぱり一緒だったか!!」
髪をおろし、皆それぞれの個性に似合った品のいい服装に身を包んではいるが、その鍛え上げられた身体はそこにいる者達がそれ相応の名のある武人である事を示している。
「ど、どうしてみんな…」
立ち尽くしたままのユウヒの背中を後ろからシュウがとんと押すと、ユウヒはふらふらと二、三歩進んで店内に足を踏み入れた。
禁軍の中でも、特に親しくしていた者達の顔がそこにはあった。
さすがに将軍の留守を預かる副将軍二人の姿はそこにはなかったが、それでも集まった人数は、偶然で片付けてしまうには少々多いように思える。
「ちょ…っ、どういう事!?」
背後を振り返り、扉の前に立つシュウをユウヒが睨みつけると、店内の視線がその睨まれた人物に集まる。
「だから、すまんって…そう言ったろう? 別にお前を強制的に追い出そうって来てるわけじゃないんだ。もうそんなに睨むな」
シュウはそう言って少し身を屈めると、ユウヒの耳元で小さく囁いた。
「会いたかったんだろう? 先に顔見せてこい」
ハッとしたようにユウヒが見つめると、シュウはその視線に応え黙って頷いた。
ユウヒはくるりと向きを変えると、店の奥の方へ進んでいく。
それを見届けたシュウは安心したように笑みを浮かべると、ゆっくりと店の中ほどへと進み、空いている席に腰を下ろした。