医師 募集 絵本 2.シュウの目的

シュウの目的


「俺にか?」

 ユウヒの言葉を無視するでもなく、かと言って茶化すでもなくシュウはあいかわらずの薄笑いでユウヒに言葉を返す。
 そしてまたさりげなく、ユウヒを試すかのように一歩踏み込んでくる。

「お前にはあの力があるからな、いい勝負になるかもしれん」
「あの力は…使いません」

 その言葉にシュウの眼に鋭い光が宿る。

「腕には自信があるといいたいのか? 確かにお前はいい腕をしているが、手合わせとはわけが違うぞ」
「わかっています。本気で命を奪いに来る剣は、手合わせなんかとは全然違いますから」
「…お前では、俺には勝てん」
「でしょうね。それくらい理解しています」
「それでもお前はそんな時が来ると、本当にそう思っているのか?」

 シュウの顔から薄笑いが消え、その視線は射るようにユウヒの目を捉えて離さなかった。
 ユウヒはその視線から逃げることなく、少し寂しげな笑みを浮かべて言った。

「そんな時が来ないようにと、願ってはいます」

 ユウヒのその表情に拍子抜けしたように顔を歪めたシュウは、一つ溜息を吐いて言った。

「本当に…お前は不思議な奴だな」

 その言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、ユウヒは一転して穏やかな笑みを浮かべてシュウに言った。

「でもまぁ、私ほら…今、剣持ってないですから」
「あ、あぁ…そうだったな」

 思い出したように竹筒を取り出したシュウは、その中身を一気に喉の奥に流し込んだ。
 そしてまたいつもの調子でユウヒに言った。

「それも…俺が休暇を取ってまでお前について来た理由だよ」
「はい? どういう事ですか?」

 それまでの微妙なやり取りがなかったかのように振舞っているのは、お互いの暗黙の了解といったところだろう。
 ユウヒもシュウの言葉に普通に返事をした。
 シュウは申し訳無さそうに口を開いた。

「俺が手入れをしておいてやると剣を預かっただろう? それをお前がいきなり剣を打ち直せなどと言ってくるから…間に合わなかったんだよ」
「あぁ、そうだったんですか」

 ユウヒが立ち上がって腰をとんとんと叩きながら言った。

「私はまた意図的に帯剣を許されていないのだと思ってました」
「いやいや、丸腰で放り出したとなれば、それこそ反対勢力の反感を買うってもんだろう」

 シュウもそう言って立ち上がった。

「だいたいどういうつもりだ? クジャ刀をヒヅ刀に打ち直せなんて、片刃にする理由はなんだ?」

 敷物についた土を簡単に払って丁寧にたたむと、シュウはまたそれを騎獣に括りつけた荷物の中に仕舞い込んだ。

 預けておいた剣が仕上がったという知らせを受けた時、ユウヒはお礼の返事代わりに、シュウに対して剣を打ち直すように頼んでくれと常闇の間に通っていたサクに伝言を頼んだ。

 両刃のクジャ刀に対しヒヅ刀は片刃で、その刀身もクジャ刀に比べると細く、軽い。
 剣舞で初めて手にした剣は片刃で刀身の反り返った舞用のクジャ刀。
 郷を出る前に鍛えてもらった時は実戦用の刀身がまっすぐの両刃のクジャ刀。
 ずっとクジャ刀を使っていたユウヒが、いきなりヒヅ刀に打ちなおせと言ってきた時はさすがにシュウも驚いて、何度もサクを通じて間違いではないかと確認をしてきた。
 シュウの疑問も尤もな事だった。

 ユウヒは戻ってきたシュウに向かってその問いの答えを伝えた。

「両刃のクジャ刀で相手を切らないでおこうとすると、刑軍の…あの時のように柄で突くか、鞘を着けたままで戦うしかない。私の剣の鞘は寄木細工であの通りだからそれはしたくないし、でも柄で突いて落とすには私の力は弱過ぎるから…」
「そういうことか…って、お前いったい何をしようとしてるんだ?」

 シュウの表情が僅かに曇ったが、ユウヒはなぜか笑みを浮かべてこう答えた。

「まぁ、いろいろですよ。とりあえずは、ルゥーンに行くみたいですけど」

 ユウヒの答えにシュウは思わず苦笑した。

「お前は本当に…わけがわからん女だな」
「そうですか? そのわからん女の護衛だかを買って出たシュウさんは、とんだ貧乏くじですね」
「…いや、それはそうでもないと思ってるぞ」

 シュウはそう言うと、咳払いを一つしてユウヒに訊ねてきた。

「さて、ユウヒ。お前、どこに行きたい?」

 その言葉にユウヒは驚いてシュウの方を見た。

「何を言ってるんです? 行き先はルゥーンでしょう?」

 怒ったようにユウヒが言うと、シュウはなぜか呆れたような顔で口を開いた。

「あのなぁ…俺がここに来るためだけに騎獣を借りたと思うか? 何度も言うが俺は休暇なんだよ。騎獣ならルゥーンの国境まで一日もあれば行けるだろう? 俺の休暇は五日間、一日余裕をみたとしても四日はあるんだよ。どうしてわからんかなぁ」
「わかるわけないでしょう! いったい何を考えてんですか!?」
「はぁ? まぁ、いろいろだよ」

 自分の言葉をそっくりそのまま使って切り返してきたシュウに対して、ユウヒは大きな溜息を吐き、呆れたように大きな声で言い返した。

「あぁ、もうわかったわかった、わかりました! で? 私はどうすればいいんですかっ!?」

 シュウは勝ち誇ったように鼻で笑うと、片方の眉をぴくりと上げて満足そうに口を開いた。

「だからまずシュウさんってのをやめろ」
「わかりましたよっ。それとあとは?」
「あとは…どこか行きたいところはないか?」

 その言葉にユウヒが怒ったように返事をする。

「シュウの道楽の旅の行き先を決めろってことですか?」

 どんな言葉が返ってくるかとシュウを睨みつけるユウヒに対して、シュウは穏やかな笑みを浮かべて静かに言った。

「違う、そうじゃない。ユウヒ、お前はこれからルゥーンに行く。ただ行くんじゃない、この国から追放されてルゥーンへ行くんだ。それがどういう事なのか、お前は理解しているか?」

 シュウの意外な反応に、ユウヒは思わず黙って聞き入ってしまっていた。
 その様子を見たシュウはユウヒの方へ近付くと、その肩に手を置いてまた口を開いた。

「いいか、ユウヒ。これは俺が勝手に作った猶予期間なんだ。ルゥーンへ行ったら、この先お前はもうこの国に戻ってこれなくなるかもしれん。大切な人達にも、そう簡単には会えなくなるかもしれんのだぞ」

 シュウの心遣いにユウヒは言葉を失って俯いた。
 ユウヒの肩に置いた手に力を籠め、シュウはさらに言葉を継いだ。

「よく考えろ、ユウヒ。どこか行きたいところはないか? 会いたい人はいないのか?」

 ユウヒは俯いたまま、懸命に想いを巡らせた。
 そしてゆっくり顔を上げると、シュウに向かってぽつりと言った。

「会いたい人なら、一人…」

 シュウは優しい笑みを浮かべると、ユウヒの肩に置いた手をゆっくりと下ろした。