シュウの言葉にユウヒは妙に納得していた。
そういうことであれば、これまでの好待遇も少しは合点がいくからだ。
「驚きもしないんだな」
シュウが言うと、ユウヒは溜息混じりに口を開いた。
「まぁ、今の状況よりはよっぽどそっちの方が理解しやすいですしね」
ユウヒの言葉にはシュウも苦笑して頷いた。
「まぁ、それだけじゃないんだけどな。そんなこんなのゴタゴタで俺も反対勢力にやられて命を落としてくれればありがたい…そんなとこだろう」
「馬鹿な事を…私に関しては妥当な指示でしょうけどね。連中の思惑がどうであれ、シュウがそんな連中にあっさり斬られるとは思えない」
「ほぅ…どうしてそう思う?」
興味深げにシュウが身を乗り出してユウヒの返事を待っている。
ユウヒは口に放り込んだ惣菜を呑み込むと、そのシュウの視線を正面から受けてそのまま返事をした。
「退くことを恥とは思っていないから、かな」
「…俺がそう思っている、と?」
「はい。むやみに何でも武力で解決しようとは思っていないでしょう? 無駄に剣を交えることはしないだろうし、無理にでも武勲をあげようとも思ってない」
「ずいぶんとへたれた将軍様だな」
「頭がいい、って言ってるんです」
ユウヒはそう言って、あっという間に残り一つとなった握り飯に手を伸ばした。
「半分、食べますか?」
「いやいい。もう何個食ったかわからないぐらい食ってる。お前はちゃんと食えてるか?」
「握り飯は二個目です」
「そ、そうか…そりゃ悪かったな」
シュウの言葉に笑顔で応え、そのまま握り飯を黙々と頬張るユウヒを、シュウは意味ありげに見つめていた。
その視線に気付いたユウヒが、首を傾げてシュウになにごとかと目線で問いかけたが、シュウは何も言わずに残り少なくなった惣菜をちょびちょびと摘まんでいた。
日もずいぶん高くなり、風もだいぶ凪いできている。
なんの言葉も交わさない静かな時間がゆったりと過ぎていった。
食べ残すことなくきれいに空となった惣菜の包みを、ユウヒがまとめて元の袋に片付けている。
敷物の上に寝転んでいるシュウは、起きているのかうたた寝しているのか、目を閉じたままでほとんど動かなかった。
一通り片付けが済み、水を飲み干し空となった竹筒を傍らに置くと、ユウヒはまた風の行く先に広がるライジ・クジャの街をぼんやりと見つめていた。
こみ上げてくる自分のものではない想いを、抱えた膝をきつく抱きしめてどうにか押さえ込む。
寝返りを打つように身体の向きを変えたシュウが、寝転がったまま、不意にユウヒに向かって話しかけてきた。
「なぁ、ユウヒ」
声の主の方へユウヒが顔を向ける。
「…起きてたんですか」
「いや、たぶん寝てた」
そう言って上体だけ起こし、ユウヒの視線の先を追いかけて王都の方に目を向ける。
そしてそのまま、また口を開いた。
「ずっとお前に聞きたかったことがある…いいか?」
唐突に切り出され、なにごとかとユウヒが体ごとシュウの方を向く。
「何ですか?」
そう問い返したユウヒに視線を移し、シュウは思いもよらぬ言葉を口にした。
「あの時…刑軍と剣を交えたあの時お前は『シュジャク』という言葉を口にした。あれは、四神の朱雀の事なのか? お前の例の力と朱雀がいったいどう関係あるんだ?」
考えもしなかったシュウの言葉に、ユウヒは視線を逸らすことしかできずに固まってしまった。
「ぃいや、それは…」
どうにか言葉を吐き出すも、何をどう言っていいのか頭の中が混乱して考えがまとまらない。
その様子を見たシュウは身体を起こして座り直すと、追い討ちをかけるようにユウヒに言った。
「どうやら、俺の聞き間違いではなかったようだな」
「いや、その…」
言葉に詰まるユウヒを問い詰めるでもなく、シュウはユウヒの次の言葉を待っているようだった。
シュウはその場の勢いでどうにかするような男ではないが、下手なことを口にして全てが台無しになってしまうことをユウヒは一番恐れた。
呼吸を整え、必死になって紡ぎだした言葉をユウヒは口にした。
「何となく…」
「何となく?」
シュウがその言葉の先を促す。
ユウヒはシュウの方にまた視線を戻すと、はっきりとした口調でシュウに言った。
「城にいる取り巻き連中の気持ちが、なんかちょっとわかった気がします」
動揺しているのはもうシュウには気付かれている。
腹を括ったユウヒの言葉は、逆にシュウの興味を引いたらしい。
シュウはどこかで見たような薄笑いをその顔に浮かべて、ユウヒに向かっていった。
「連中の気持ちがわかる、か…お前も俺が疎ましくなったか、ユウヒ」
「…さぁ? どうでしょう」
お互いに視線を逸らすことなく会話は続く。
自分は試されていると感じたユウヒは、それに応えるべく次の言葉を吐いた。
「まぁでも…この先のいつか、私はあなたに剣を向けなくてはならない時があるいは来るのかもしれないな、とは思いました」
その言葉をどう聞いたのか、ユウヒはシュウの表情が一瞬だけ曇ったような気がした。