シュウの目的


「で、シュウさん。全部話していただけますか?」
「は? 何をだ?」

 握り飯を頬張りながらシュウが不思議そうに聞き返すと、ユウヒは竹筒の水を一口飲んで、また口を開いた。

「城を出る時におっしゃってたじゃないですか。あとで説明するって」
「あぁ、その事か」
「はい」
「いいぞ、食いながらになるが…それと一つ、条件がある」

 シュウの声色が少し変わり、ユウヒが口の中のものをごくりと音を立てて呑み込んだ。
 その様子を見てシュウはにやりと笑うと、また握り飯を頬張りながら話を続けた。

「まずそのシュウさんっての、やめろ。シュウでいい。あと言葉遣いもどうにかならないか?」
「は?」

 ユウヒの手から箸が落ちる。
 シュウがそれを拾ってユウヒに手渡すと、呆然とするユウヒに笑いながら言った。

「そりゃ俺は禁軍の将軍なんてやってるけどなぁ、休暇なんだよ、休暇。もうちょっとどうにかしてもらえないもんかな」
「えっ!? だって、その…休暇って言っても仕事中じゃないですか」
「まぁ、そうだな。仕事の延長みたいになってるな」
「それに禁軍の将軍ですよ? いくら私でもさすがに…」

 そう言いながら惣菜を口にするユウヒの困った顔を見て、シュウはまた握り飯を一口頬張り、そして言った。

「店の客だった時には普通に話してただろうが。あれでいいんだ、あれで」
「あの頃はまさか禁軍将軍だなんて思ってもいませんからね」
「強情だなぁ。俺がいいって言ってるんだからつまらんことを気にするな。本当に仕事の延長みたいで嫌なんだよ」

 ユウヒはさらに訝しげな表情になって言った。

「ご自分で仕事の延長だとさっきおっしゃったじゃないですか。罪人であるはずの私の待遇の良さも気味が悪いですけど…いったい何なんですか、シュウさん」
「シュウだと言っているだろう。まぁいいか、全部話してやるからシュウさんはやめろ。話し方は…まぁ任せるよ」

 シュウはそう言って竹筒の水を美味しそうに喉を鳴らして飲むと、おもむろに話を始めた。

「俺がこうしているのは、お前もわかっちゃいるだろうが王の命だよ。王を動かしたのはお前の妹、ホムラ様の言葉なんだろうが…それだけじゃない」
「…と言うと?」

 惣菜を口に運んだユウヒの箸がぴたりと止まる。
 シュウはちらりとそれに目をやって、また自分も惣菜を食べながら話を続けた。

「お前には信じがたい事だろうが、これには王の側近達もどうやら一枚咬んでるらしい」
「取り巻きの人達、ですか?」
「あぁ。まぁ当然だろう。お前がどこまで関わっているかわからないにしろ、お前の存在だけで国が大きく動いてんだ。国外に出るまでに、そいつらにお前持ってかれちゃまずいからな」
「まぁ、そうでしょうね」
「それに、王の寛容さも見せ付けておきたいんだろうな。こんな形をしてちゃ俺が誰だかもわからんが、身分を証明できるもんはいつも携帯している。王によってお前の安全は保障されてるって、そう言いたいんだろう」

 そう言って、もういくつ目かわからない握り飯にシュウは手を伸ばした。
 話はまだ続いている。

「反対勢力に持ってかれるのも困るが、国王絶対主義の連中にお前の命を奪われてもまた困る、ってのもあるな。その両方を満たすために俺が選ばれたんだと思う。ただ、取り巻き連中の本音はおそらく、別のところにある」
「それはどういう…」
 ユウヒが不思議そうに言うと、シュウは苦笑しながら口を開いた。

「取り巻きの連中は俺が気に入らないんだよ。傀儡の王…っと、この言い方はまずいか」

 焦ったように言いよどむシュウに、ユウヒが笑って言葉を返す。

「構わないですよ。シムザの…新王の状況はわかってるつもりです。傀儡…その通りですよ」
「…はっきり言うな、ユウヒ。まぁいい。王をいくら思う通りに動かせても、その王の言うとおりに…いや、王を通して取り巻き連中の思うとおりに俺は動かないからな。王の命でも、おかしいと思った事は俺は問い質す。あの王なら、言い負かされる気はしないしな」
「確かに」
「将軍の任を解くなら解けって思ってるからな。命にはなるべく従うが言いなりにはならない、禁軍のくせにと言われれば、まぁ本当にその通りなんだが…」
「取り巻きの人達は動かないんですか? そういう事ならシュウさん…じゃなかった、シュウを将軍の任から解いて別の将軍を立てればいいじゃないですか」

 ユウヒがそう言うと、シュウはまたにやりと笑って言った。

「妙な難癖つけて俺を解雇したら、うちの連中が黙ってないからな。こんな俺だが、なんだかんだ言ってもそれなりに将軍をやってきたつもりだよ、おかげで禁軍は強固な一枚岩だ。年繰っただけで国のてっぺんに居座ってる取り巻き連中は、俺が気に入らなくても禁軍が怖くてどうする事もできないってわけだ。まったくもって、馬鹿げた話だよ」
「なるほど…で、その爺様連中の本音っていうのは?」
「うん…」

 シュウは竹筒の水を飲んで一息つくと、ユウヒを見て口を開いた。

「俺は、何か不測の事態が起こった際には、お前を斬れと命じられている。命を絶て、ってな」

 シュウはそう言って、反応を窺うかのようにユウヒの方をじっと見つめた。