先に気付いたのはシュウの方だった。
ただ黙々と歩き続ける二人の異様な雰囲気に、すれ違う人が思わず足を止めて振り返る。
思い詰めたような顔をした男女二人は、周りの好奇の目を集め始めていた。
「どうかされましたか、将軍?」
シュウの様子が少しおかしい事に気付いたユウヒが声をかける。
「将軍はよせ、シュウでいい」
そう言って、シュウは自分達に向けられている視線の方へと目をやった。
ハッとしたようにその視線の主達は慌てて目を逸らし、足早に走り去っていく。
シュウは苦笑してユウヒに声をかけた。
「少し休むか、ユウヒ。俺達はどうやら、あらぬ想像を描きたてさせるようだ」
「あらぬ想像?」
足を止めたユウヒが不思議そうに顔を上げると、シュウが視線で周りを指し示した。
なにごとかと周囲を見ると、目があった人間は皆、慌てて目をそらしてそそくさと去っていく。
シュウに視線を戻すと、去っていく人間の方に目をやりながら愉快そうに話しかけてきた。
「差し詰め、親に二人の仲を反対されて思い詰めた男と女が、手に手を取って家を抜け出してきた、とか何とか。そんなとこか?」
「はぁ? 何をおっしゃってるんですか、シュウさん」
呆れたようにユウヒが言ってまた周りを見ると、赤い顔をして目を逸らされた。
どうやらシュウの言っている事は、まったく的を得ていないわけでもないらしい。
「そんな色のある二人には、見えそうもないですけどねぇ…私達」
ユウヒが溜息混じりにこぼすと、シュウの顔に笑みが浮かんだ。
「そういう顔して歩いてればな。二人して眉間に皺寄せて小難しい顔して歩いてりゃ、まぁあれこれ想像したくもなるってもんだ」
そう言って笑うシュウに、ユウヒが呆れたように周りに視線を流しながら言った。
「そんなもんですかねぇ…あ、そういえばシュウさん、お腹、空きませんか? あぁ、でもまだこんな時間では店も…」
「いや、この道をもう少し行くと大きな街道に出る。クジャへの人や物の流れを支えてる重要な街道だ。そこまで行けば昼夜を問わず飯を出してくれる店があるはずだ」
シュウが指差した方向を見ると、確かにそちらから来る人々の歩みはとても忙しなく、皆その背に大きな荷物を抱えている。
ユウヒは納得して頷くと、大きく一つ伸びをした。
「じゃ、その街道までご一緒させてもらってもいいですか、シュウさん」
ユウヒの言葉にシュウが驚いて口を開く。
「あ、あのなぁ、ユウヒ。まだ何も説明してやってないから無理もないが、俺はお前をルゥーンの国境まで送り届けるつもりだぞ?」
「こっ…国境まで、ですか?」
「あぁ、そうだ。いいか、これは…」
困ったような笑顔で話していたシュウの言葉が突然途切れ、その顔から笑みが消えた。
ユウヒはその瞬間、周囲が聞くともなしに話を聞いている気配に気が付いた。
「…往来で話すようなことじゃないな」
ばつが悪そうに後頭部に手をやったシュウは、咳払いを一つした。
聞き耳を立てていた者達が、それをごまかすかのようにさりげなさを装いながらそれぞれの日常に戻っていく。
「街道まで行こう。そこで握り飯でも買って…ユウヒ、ちょっと寄り道するぞ」
「は、はい?」
言うだけ言って歩き出したシュウの後を、ユウヒは慌ててついて行った。
しばらく歩くと、シュウの言っていた通り大きな街道に出た。
まだ朝も早い時間だと言うのに、そこはすでに動き始めていた。
「やはり街道沿いは朝も早いな」
そう言ってシュウはゆっくりとまた歩き出す。
品定めするように店を覗きながら進んでいたシュウは、ある店の前で足を止めた。
「おい、ユウヒ。お前、この店で適当に見繕って俺のと合わせて二人分の飯を買っといてくれ。金はここにある」
そう言ってシュウはずしりと重たい袋をユウヒに渡した。
「俺はこの先にある店で騎獣の手配をしてくるから、飯を買ったらそこまで来てくれ。店は…来ればわかるから」
「えっ? あの…ちょ…っ」
「頼んだぞ」
ユウヒの肩をぽんと叩くと、シュウはにぃっと笑ってそのままスタスタと歩いて行ってしまった。
呆気にとられて立ち尽くすユウヒに店の中から声がかかった。
「頼りになる亭主じゃないか。二人して旅行かい?」
少し腰の曲がった年の割りには矍鑠とした初老の女店主が笑顔で顔を出した。