胎動


 今度はシュウの方が笑みを噛み殺して口を開いた。

「へぇ……噂で聞いているのとは少し違う方のようだ」
「それはお互い様ではないですか、シュウ将軍」
「そうか?」
「私は……あなたは真っ先にあちらに付くと思っていたんですがね」

 そう言ったショウエイの瞳は刺すように鋭く、シュウの知る限り、今まで見知ったショウエイとはまるで別人の様だった。
 腹の中まで探りを入れているようなその視線にも、シュウは逃げることなく向かい合った。

「まぁ、俺の性格からして……そうだろうな」
「……なぜ?」

 ショウエイと話をするのは初めてではなかったが、きちんと向き合ったのはこの時が初めてだとシュウは気付いた。
 雅やかで独特の色艶を放つこの男の本質はもっと別のところにあると薄々勘付いてはいたが、思っていた以上に底の知れない面白い男だと、シュウは改めてショウエイに興味を持った。

「さぁ? なんでかな」

 とぼけたシュウの返事に苦笑するショウエイも、内心はシュウと同じだった。
 文官をやらせても恐らくは相当使える、少なくとも現在、政の中心にいる人間達の誰よりも武官の長を務めるこの男の方がよっぽど頭の切れる人間だとショウエイは思っていた。
 その思いが間違いではないと確信しつつ、ショウエイはシュウが実際何を考えているのかも含めて聞き出そうとしていた。

「……綺麗な顔で睨みつけると迫力は三割増なんだな。春省の奴らは大変だ」

 冷やかすようにそう言ったシュウにショウエイが軽蔑したような視線を投げる。
 シュウは肩を竦めて溜息をつき、そのまま続けて話しだした。

「気を悪くしたか? だがそんな顔で見ずとも俺には裏も表もない。見たまま、そのままだ。俺がこっちに残ったのは俺が禁軍将軍だからだ。それともう一つ」
「何ですか?」

 怪訝そうにショウエイが聞き返す。

「あいつに言われたよ、王を護れって。誰から護るんだって話だが……確かに、この先の流れによっては王の立場はかなり危うくなる」
「なるほど。それを言ったのは彼女ですね?」

 ショウエイのその口調は質問ではなく確認だった。
 シュウは満足そうに笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。

「そうだ。あいつは……ユウヒはこの国の王ってのがどんなもんなのかって現状をよくわかってる。だからそう言ったんだろうな。どうやら王とは友人らしいし、義弟と言えなくもないし」
「まぁ、そうですね」
「蓋を開けてみなきゃわからんが、いざとなったら恐らくジジイ達は頭の挿げ替えに走るだろうからな」
「もうそんな相談してるんじゃないですか? 他の省が未だ混乱しているのだって、根っこは同じでしょう。どっちにつくのかはっきりさせたくないとか何とか……」
「あいつが頭の挿げ替えに応じるような女かよ。だったらこんな混乱は起きていない。ジジイ共もそれがわからんような馬鹿ばかりではないだろうに。なぜ皆揃ってあの様になってしまわれたのか」

 そう言ってシュウは頭を抱えて溜息を吐いた。

「やっぱ……あいつら駄目だな。ショウエイ殿、夏省を使えるようにしてもらえるか?」
「わかりました。やってみましょう」

 その時、遠くから誰かが駆けて来る足音が聞こえた。

「将軍! シュウ将軍はおられますか!? こちらにお出でだと聞いて参りました!!」

 大きな声がして、次の瞬間、ショウエイの執務室の扉が勢いよく開かれた。

「何事だ、騒がしい」

 シュウとショウエイが思わず立ち上がる。
 飛び込んできた兵士は部屋に着くなりシュウを呼び、その姿を見つけると慌てて膝をついて頭を下げた。

「申し訳ありません、春大臣」
「いえ、構いませんよ。それより何事です?」

 呆れたようにショウエイが言うと、一瞬怯んだ様子を見せたが改めて頭を下げて口を開いた。

「黒州に潜っていた者より報せが届きました」

 兵士はショウエイを一瞥して、その先を続けても良いものかとシュウの反応を待つ。

「構わん、続けろ」

 シュウの言葉に頷いて、兵士はまた口を開いた。

「詳細がわかりました。黒州軍の将軍が、どうやら軍を抜けたようです」

 ショウエイはすぐにまた腰を下ろしたが、兵士からの報告を聞いたシュウはその動きを止めた。

「将軍……ソウケンか! ソウケンが軍を抜けただと? で、今どこに……所在は?」
「それがどうやら行方がわからなくなっているようです」
「……家族は? 確かあいつは所帯を持っていたはずだが?」
「家族は何も知らされていないようです。黒州を出るといった動きもないそうで」

 シュウはどすんと落ちるように腰を下ろすと、そのまま腕を組んでしばらく考えこんだ。
 ショウエイはシュウがどのような答えを出すのか、涼しげな顔で見守っている。
 報告に来た兵士もまた、シュウの次の言葉を緊張した面持ちで待っていた。

「……どう見る、ショウエイ殿」

 不意に話を振られてショウエイがゆらりと動いて背もたれに身体を預ける。
 手にしていた扇をくるくると弄んでいたが、ついっと顔を上げて口を開いた。

「こんな時ですからね。考えられるのは一つでしょう。違いますか」

 少し苛立ったような、わかりきった事を聞くなとでも言いたげなショウエイの口調に、シュウは思わず苦笑した。

「何か他の可能性を見つけてくれればと思ったんだよ。いや、気分を害したなら申し訳なかった。俺も同意見だ。ソウケンはユウヒ達のところに行ったんだろう。他には何か入ってきているか?」

 シュウが問い返すと、兵士はすぐにそれに答えた。

「いえ、何も」
「って事は軍を抜けたのは今のところソウケンのみという事だな?」
「はい。現在入っている情報ではそのように」
「そうか……わかった。上には俺から報告しておく。また何かあったらすぐに報せてくれ」
「わかりました。失礼します」

 若い兵士はそう言って立ち上がると、一礼して部屋を出て行った。
 扉が閉まり、部屋の中はまたショウエイとシュウの二人になった。