「それで……これからどうするのだ? そうのんびりもしておれぬ様子だったが」
落ち着いたと見るや否や、話を本題に戻してくるヨシュナにユウヒは思わず笑みをこぼした。
――全く……。
ユウヒは少し間を置いてから答えた。
「急いでるというか、新王の下で体制が整って軌道に乗ってくる前の方がいいのかなって。ただ国が今どうなってるか情報がなくてね、一人クジャに帰したの。私がクジャを出る時に、国の方はどうにかしていつでも帰って来られるようにしとく、みたいな事を言われてはいるんだけど……」
「余の城にいるのは別に構わぬ。だが我が国からクジャへ入るとなると、白州を切り崩すことになる。こう言っては悪いがお前達に白州軍に対抗できる戦力があるようには思えぬ。何か策はあるのか?」
「私の知る限りないんだよね、困ったことに。私がこうしてここにいるのも、文官である人達が中心に動いてるみたいだし、武官さんとか武人さんとか……いるのかな? いないんじゃないかな」
「なんだ。自分達の手にどのような札が揃っているのか、お前は把握していないのか」
呆れたような、怒っているような声だった。
ユウヒは思わず苦笑する。
「情けないことに、ね。私はここでヨシュナに会うまで、全てはわかる人間に任せて私は手駒の一つでいいって、そう思ってたの」
「手駒? 王たろうとするお前がか?」
「……聞いて、ヨシュナ。私、それじゃダメなんだって、あなたを見て思ったの。確かに今、国を変えようと動いている人達はそれぞれの事情で動いているのかもしれない。でも、そういうのも全部引き受けるというか……そんな人達全部を私が背負ってあげないと、守ってあげないといけないんだよね。口ではそう言ってても、それでも私にはわからないからってどっか逃げ腰だったように思うの」
何かまた言いたげな様子のヨシュナを手で制して、ユウヒはそのまま話し続けた。
「正直、ほんの少し前まで市井の人間だった私にはわからない事の方が多い。でも知ろうとしなくちゃいけないし、わからなくちゃいけない。皆のやってる事が全てが玉座に繋がっているのなら、私はそれだけの覚悟で先頭に立ってなくちゃいけないんだなってわかったの」
「遅いな。気構えが後回しとは」
「……はい。ごめんなさい」
「気付かぬより良い、そう思え」
ヨシュナはそう言ってから少し近くに寄ると小声で言った。
「で、実際どう動く? 使者が戻るのを待ち、それからという事か?」
「うん……そこなんだよね。素人考えじゃどうにもならないけど、今は情報がなさ過ぎて検討する材料すらない。ただ……戻るならガジットを経由して黒州からだろうな、とは思ってる」
「北か」
「そう。なるべくなら避けたかったけど、武力衝突って事になっちゃうんだろうな。同じ国の人間同士で嫌だなっとは思うけど、今の体制からすれば私達のやってる事は謀反とか反逆とかいうものになるんだろうし、って事は軍が動いてつぶしにかかるだろうからね」
「まぁ、そうだな」
あっさりと肯定され、ユウヒもさすがに改めて腹を括るしかなかった。
泣き腫らした後の腫れぼったい顔をさらに歪めて、ユウヒはまた口を開いた。
「こっちにどれだけの戦力があるのかわからない。戦力があったとして、それを動かせる経験や知識のある者がいるのかもわからない。今まで人任せにしてきたツケだね。とにかくカロンが帰ってくるのを待つしかないよ」
ヨシュナは何かをじっと考えていたが、ユウヒの言葉を聞いて思いついたように言った。
「ユウヒ。ガジットとルゥーンはクジャの内政には干渉しないという話だったな」
「う、うん。そういう風な話になってるね」
ユウヒが不思議そうな顔でそう答えると、ヨシュナはまた少し考えてから口を開いた。
「お前の指示で動いていたわけではないということか。ならば、少し変えるぞ。直接的に干渉することはせぬが、後ろ盾としてルゥーンとガジットがお前達の側に付いたことを広めるといい」
「ヨシュナ!」
「それくらい構わんだろう。どれほどの圧力をかけられるかはわからぬが、ないよりマシだ。戦力どころか、数の上でもお前達は圧倒的に不利なのだからな」
ユウヒは少し迷ったが、思った事を素直に口に出してみた。
「でももし私達が失敗しちゃったらどうするの? ガジットもルゥーンも、今後クジャと敵対することになっちゃうじゃない」
ユウヒの言葉にヨシュナの表情が一気に険しくなった。
「何を言っている! お前は黄龍に『できるかどうかではなく国を変える』のだと、そう言い切ったのであろう? 違うか、ユウヒ! それを今さら……っ」
「ごめんっ!」
ユウヒの声がヨシュナの言葉を遮った。
「ごめん、ヨシュナ……もう言わない。馬鹿な事言った。忘れて」
「……わかれば良い。忘れてやる。だが二度と口にするな、悪い運を引き寄せる。何より、お前がそれを口にすることで全体の士気が下がる」
「うん」
「政にも戦にも不慣れなお前が先頭に立とうというのだ。不安はわからんでもない。だがそれを口にするな。自分の言葉に己が呑まれるぞ。それにそういうお前をわかっている人間が周りにいるではないか。臆することはない、お前は顔を上げて前を見ておけばいい」
力強い言葉がユウヒの中に不思議な力を生み出していく。
王の言葉というものはこういうものなのかとユウヒは思った。
ヨシュナは顔つきの変わったユウヒを見ると安堵の笑みを浮かべてまた口を開いた。
「余もできる限りの事はしてやりたいと思っている。何でも申せ」
ユウヒはその言葉にただ笑みを浮かべて頷いた。