「一緒にいてくれるだけで嬉しいよ。ありがとう、ヨシュナ」
「そうか。遠まわしなやり方で悪かった。ただ様子が気になるからといって、部屋に行くわけにもいかぬのでな」
ヨシュナが目を逸らしてそう言うので、ユウヒは自然にそれに対して聞き返した。
「どういう事?」
まさか聞き返されると思っていなかったのか、ヨシュナは驚いて視線をユウヒに戻した。
「わ、わからんか?」
「……? うん、わかんないな。部屋に来て大丈夫かって聞くのが、そんなに悪い事?」
「いや、悪くはない」
ヨシュナは一つ咳払いをしてから言い直した。
「悪くはないが、ここは城で、余は王だ。わからんか?」
「わからん、よ?」
ユウヒがヨシュナの言い方を真似してそう言うと、ヨシュナは仕方がないと言った風に溜息混じりに言った。
「夜、この城の中で余が女人の許を訪ねるということ、余が命じて女人を部屋に招き入れるということがここにいる者達にとってどういう意味を持つのか、わからんお前でもあるまい」
「あっ!」
ヨシュナがなぜ自分を訪ねることも呼び出すこともせずにここで独り待っていたのか――。
ユウヒはやっとその理由を理解した。
ここへ辿り着くまでの間、誰からも止められなかったのは、ヨシュナが手を回していたからに違いない。
ユウヒが音色を頼りに自分の許へ来るかも知れないから、その時は邪魔をするな、と。
「ただでさえ余が心を許したの何の騒ぎ立てて、お前がクジャの真の王であるならば、そういう外交も考えていいのではないかと言い出す馬鹿者まで出てきておるのだ」
「そういう外交って……えぇっ!? そうなの?」
「そうだ。まぁ余はお前ならば一向に構わぬが……」
「え、ちょっとヨシュナ。それは……」
たじろぐユウヒにヨシュナは優しく微笑んだ。
「だが今は、なすべき事があるだろう?」
優しい表情とは逆にその言葉はとても力強く、ユウヒの心の奥深くまでまっすぐに届いた。
「今夜お前がここに来ないなら、それはそれで良いと思った。だが、お前は来た」
「……うん」
ヨシュナはその言葉と同じくまっすぐにユウヒを見つめて言った。
「何かあるのならば余に話してみよ。迷う心を抱えたままで、進める道ではないはずだ」
「ヨシュナ……」
「余は慰めの言葉を余り知らぬ。だが、王として立とうとしているお前に、何か言ってやる事はできるやもしれぬ」
ずっと人の上に立ち続け、本当の意味で友と呼べるような友を持つことのできなかったヨシュナの、初めてできた友を気遣う精一杯の優しさだった。
ユウヒは鼻の奥がつんとして、涙が出そうになるのを必死にこらえていた。
「ありがとう、ヨシュナ」
「礼には及ばん。それよりユウヒ……ユウヒ? おい、どうしたのだ」
こらえてもこらえられるはずもない涙が、ついに堰を切って溢れ、頬を伝って流れ落ちる。
声も出さず、ただただ溢れて流れてくる静かな涙にヨシュナは戸惑っているようだった。
「おい、ユウヒ……」
しばらくどうしたものかとおろおろしていたヨシュナだったが、不意に立ち上がるとユウヒのすぐ目の前まで歩み寄ってきて、何事かと顔を上げたユウヒの頭を抱えるようにして自分の胸に抱き寄せた。
「す、すまぬ。友が泣いた時、余はどうしていいのかわからぬ。それに……お前は女だ。余計にどうしていいかわからぬ。ただ……昔、まだ幼少の頃、余が泣くといつも女官が泣き止むまでずっとこうしていてくれた。余はなぜかそうされるととても心が落ち着いて……い、いや。お前は幼子でも何でもないんだが……」
髪にからむヨシュナの指や肩を抱くヨシュナの腕を通して、不器用に戸惑いながらも、それでも懸命に自分を受け止めようとしてくれているのが伝わってくる。
あるがままを受け止めようとするヨシュナの懐の大きさを感じて、ユウヒはここは思いっきり泣いて全部流してしまおうと、取り留めのない言葉を小さくつぶやきながら堪えることなく涙を流した。
ユウヒが何か言うたびに、ヨシュナは相槌を打ったり自分の意見を言ったりしながら、ユウヒを労わり、そして何より勇気付けた。
さんざん好き放題言って泣き続けたユウヒの涙も自然に止まり、顔を上げたユウヒはヨシュナと目が合うなり照れくさそうに笑った。
「……落ち着いたか?」
涙の跡がついてしまったヨシュナの装束をしきりに気にするユウヒを宥めながらヨシュナが笑って言った。
ユウヒはくしゃくしゃになった髪をかき上げて、ふぅっと一息吐いてそれに答えた。
「うん……ありがとう。ヨシュナに聞いてもらって良かったよ」
「そうか」
ヨシュナはそう言って安堵の色をその表情に浮べると、ユウヒがこの場所に来た時と同じように手すりに腰掛けた。