「ユウヒ、すみません。もうこの姿では……」
言い終わらないうちに姿を消してしまった四神に、ユウヒは感謝の念を伝え、辺りを見回して檻がもう完全に消滅している事を確認した。
黄龍は無言だったが、その強大な力が「スマル」という器に納まりきらないと言わんばかりに辺りにその強烈な気を放っていた。
ユウヒはザラムの様子を確認した後、おもむろにサクを見た。
何事かと伺うように首を傾げたがユウヒは特に何を言うでもなく、そのまま小さく笑みを浮かべると黄龍に向かって言った。
「黄龍。まだ何かある? なければここを出てヨシュナの……ルゥーンの城に戻りたいんだけど」
「……ないな。よし、出るぞ」
言うと同時に黄龍がその右手を高く掲げる。
広げられた掌は天を向き、何事かと見つめる面々に黄龍は言った。
「その場で踏ん張ってろ。このまま上がるぞ」
足下が揺れ始め、その大きな力に背筋がぞくりとする。
ザラムはしっかりとサクに支えられ、ユウヒは黄龍のかざした手を見つめていた。
天井に小さな穴が開きそこから光が細く差し込んできたかと思うと、次の瞬間、その点を中心に砂嵐のような空気の渦が現れ、光の点はどんどん大きくなっていった。
やがてそれははっきりと空だとわかるようになり、カロンが外に出た時とは比べものにならないほどの大きな穴が天井に開いた。
まるで空に吸い上げられているように上昇しているのを感じ、気が付くと祭壇のあったその場所ごと地上に出ていた。
いきなり現れた建造物に遠巻きに見つめているルゥーンの兵士達が慌てて駆け寄ってきた。
兵士達も馬もかなり興奮した状態ではあったが、それもすぐに収まり、ただただ驚きの表情で目の前の祭壇を見つめていた。
祭壇の頂部分から飛び出すように外へ出たユウヒ達は、さきほどまで中にいたはずの祭壇を不思議そうに見ていたが、思い出したようにカロンの姿を探し、駆け寄ってくる姿を見とめて軽く手を上げた。
「無事に黄龍を外に出せました。ありがとうございます」
「いえ。で、どうするんです? まずはヨシュナ陛下のもとに戻られますか?」
「うん、そのつもり。でね、お願いがあるんだけど……」
おそるおそる黄龍に声をかけているザラムを横目に見ながら、ユウヒはカロンに言った。
「国内の様子が知りたいんです」
「クジャの動向、ですか? それならそのうちジンから連絡が……」
その言葉にユウヒは困ったように顔を歪めた。
「うん、そうだったんだけどね。待ってるだけじゃ身動き取れないでしょう? ジンはまかせておけって言ってくれたけど、だからって私が何もしなくていいってわけじゃないと思うし」
「まぁ、そうでしょうね」
カロンが頷く。
ユウヒはさらに続けた。
「私にできる事があるならやりたいの。何を知りたいのかって言えないくらい国内のことがわかってないのが情けないんだけど、だったらそんな馬鹿でも先の事を考えられるように今揃ってる情報を全部投げろって、そう伝えてきて欲しいんだよね。ジンに。お願いできる?」
ユウヒの言葉にカロンは思わず顔を歪めた。
――手駒で終わるつもりはない、か? さて、ジンはどう出るのか……。
漏れそうになる笑いを涼しい顔の裏に押し込めて、カロンは深々とユウヒに頭を下げた。
「承知いたしました。では、私はここで別れてクジャに戻ろうと思います。あ、そうそう。特に重要な物があるわけでもないので、私の荷物は置いていきますね。使えるものは使っていただいてけっこうですから。ご挨拶もせずにいなくなる非礼を陛下にお詫びしておいて下さい」
そう言ったカロンの顔に、いつものあの人当たりの良い笑みが浮かんでいた。
「何でかしら。その表情、カロンの事を知れば知るほど胡散臭いものに見えてくるわ」
ユウヒがそう言うと、少し離れた場所で会話だけに耳を傾けていたサクが思わず吹きだした。
カロンは心外だと言わんばかりにまたにっこりと笑った。
「妻にはこわいとまで言われていますよ。何ででしょうかねぇ」
「……わかる気もするわ。あ、そうだ。マヤンに何か言伝はないの?」
ユウヒが聞くと、カロンの顔から笑みが消え驚きの表情に変わった。
「では、無茶はするなと……そうお伝え願います」
そう言って笑ったカロンは今まで見たこともないような優しい笑顔で、ユウヒもつられて笑ってしまった。
「そ、そういう顔でも笑うのね、カロン」
「えっ?」
自分がいったいどんな顔をしたのかと、カロンが照れくさそうに頭を掻く。
ユウヒは笑いながらカロンに言った。
「わかりました。マヤンにはそう伝えておきます」
「……はい、よろしくお願いします」
カロンはそう言ってから手を掲げて拝礼すると、踵を返して自分の馬がいる方へと歩いて行った。
入れ替わりに近付いてきたサクがユウヒに声をかける。
「カロンはどこへ?」
視線を投げてそう訊ねると、ユウヒも遠ざかっていくカロンの背を見つめて言った。
「一足先に国に戻ってもらうの。こっちにいると国内の様子が何もわからないし、何か考えようにも材料が何もないでしょ? だから……」
「そうか。ジンのところへ?」
「たぶんね。さて、私達も戻りましょう。ヨシュナが報告を待ってる。それに……」
「それに?」
サクが聞き返すと、ユウヒは黄龍の方を見て言った。
「スマルの体の負担がわからないから。少しでも休めるなら、休ませた方がいいかなって」
「そうか……」
そう言ってサクは、まだ黄龍を見つめたままのユウヒの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「よく頑張ったね」
サクの言葉にユウヒは素直に頷いたが、サクの方は見なかった。
サクはそれ以上何も言わず、またザラムのところに戻った。
当惑した様子で見つめている兵士達の視線を感じ、ユウヒは大きく息をして声を張り上げた。
「無事、黄龍は解放した! 城に戻る!!」
その声に兵士達が一斉に活気立つ。
そのまま一同は馬を駆り、ヨシュナの待つ城へと急いだ。