黄龍解放


「これでいいんだろう?」

 黄龍がユウヒに向かって言うと、ユウヒは驚きに瞠っていた目を細めてから礼を言った。

「ありがとう。やっぱりすごいんだな、うちの国の守護神って」
「……礼を、言うんだな」
「え? 当たり前じゃない、そんなの。って、さっきから思ってたんだけど、黄龍。あなた何だか最初と全然感じが違うんじゃない?」

 ユウヒの言葉に思わず噴出しそうになったサクが顔を逸らしてそれをごまかす。
 黄龍は呆れたような顔をして答えた。

「守護神相手にずいぶん遠慮ないな、女。まぁ、なんだ……こんなところにずっと独りで、話といえばたまに土使いの人間の相手をするくらいだ。いくら守護神でも多少は捻じ曲がるってところか?」
「そういうもの?」
「知るか。そんな事、考えたこともない。俺は俺だ」
「そう。まぁいいわ」

 そんなやり取りをしているうちに、ユウヒは自分の中に何か火が灯るような感覚を覚えた。

 ――来た。

 四神達が自分の許へと戻ってきたことを感じたユウヒは、黄龍を見つめた。
 視線に気付いた黄龍が問い返すようにユウヒを見ると、明らかに変化している「スマル」の様子に四神達は動揺してユウヒに身震いを起こさせた。
 サクが慌ててユウヒを支えるように寄り添うと、ユウヒは腕を掴んでいるサクの手に自分の手を添えた。

「みんな驚かないで……全部私達が納得した上でのことだから」

 項垂れるように俯いたままそうつぶやいたユウヒが、一呼吸置いて顔を上げる。

「出てきて、みんな!」

 ユウヒのその声に、四神達が次々に人間の形で姿を現すと、ユウヒはサクの手をぎゅっと握り、だがサクの方を振り返ろうともせずに言った。

「ありがと……大丈夫だから」

 やっと聞き取れるほどの小さなつぶやきを聞いたサクは、四神の方へと歩いていくユウヒの背中を心配そうに見つめていた。

 ――大丈夫だって? 震えてるじゃないか。

 ユウヒの本心に気付いたところでサクにできることはなく、ただ黙ってそこで成り行きを見届けるより他すべきことも見当たらなかった。

「ユウヒ、これは……」

 玄武が戸惑った様子でユウヒを見つめる。
 だがユウヒはただ首を横に振るだけで何も答えず、鉄格子を指差した。

「みんな、力を貸して。この檻壊して外に出たいの。黄龍と一緒に国に帰るよ」

 スマルの姿をした黄龍に戸惑いを隠せない様子ではあるが、ユウヒの言葉を聞いた四神はそれぞれにその檻の四つの角へと移動して行った。
 四神が来ることにより、祭壇の中のその空間の空気が張り詰めている。
 ザラムが不安と戸惑いの表情で心配そうに見つめる中、四神達が囲んだ四角形のその中心にユウヒと黄龍は移動した。

「黄龍、いい? あなたはもうここから出ていいんだからね。だからもう自分を解放して欲しいの。できるよね?」

 ユウヒが念を押すように問いかけ、頷いた黄龍は少し笑みを浮かべたように見えた。
 黄龍が中央に立った途端、地面が小さく振動し始め、徐々に大きな揺れとなっていった。
 四神の体から陽炎が立つ。
 その伸ばした手が四方の角の鉄格子をつかむと檻に沿って地面に光が走った。
 ユウヒの髪がまた風に煽られたように靡いている。
 黄龍の足下が強く輝いた時、ユウヒはパンと音を立てて合掌した。

「解き放て!」

 ユウヒの声と共に黄龍の足下の光が四神達の立つ四方に飛び散るように走り、それぞれの足下で明るく輝きを放つ。
 それと同時に四神達も中央に背を向けたままでユウヒと同様に合掌する。

「解!!」

 四人の声が響き、地面に走った光の亀裂がより一層輝きを放つと、光の壁のようなものが鉄格子に添って明るく光り、次の瞬間、ぶんという低い音を立て粉々に砕けるかのように細かな粒子となり、空気に溶け込んでいったかのように鉄格子が跡形もなく消滅した。

 輝きは余韻のように徐々に薄れていき、やがて地面の揺れも治まりまた静寂が戻ってきた。
 またしても信じられない光景を見たザラムは、言葉を失って地面に膝をついている。
 それに気付いたサクは踵を返してザラムに歩み寄ると、彼を支えるようにして立ち上がらせ、そのままゆっくりとユウヒの近くに戻ってきた。