「何て言うか……あいかわらずのへたれっぷりね、スマル」
「…………」
「この期に及んでそれ聞かされた私はどうすりゃいいのよ、まったく……」
「……ごめん」
さらに強く抱き締められて、ユウヒはスマルの背中をとんとんと叩いた。
「こら。息、出来ない」
「ごめん……」
「……ねぇ、スマル。一つ、約束してくんないかな」
自分の胸に響いてきたユウヒの声に、スマルは静かにその腕を解いてユウヒを見つめた。
ユウヒの右手が、スマルの胸に添えられている。
自分を見つめるユウヒの視線は、今まで見たそのどれとも違っていて、スマルは目が離せなくなった。
「……何?」
そう言って、名残惜しそうにユウヒの感触の残った手をスマルはぎゅっと握り締める。
そんなスマルをまっすぐに見つめたまま、ユウヒははっきりとした口調で言った。
「何にもなきゃそれでいい。でももし、もしも……もしもの事があったとしても、それでも絶対、私の知ってるスマルのまま、いつか私のところに戻ってくるって約束して」
ユウヒを見つめたまま、スマルの意識が全て背後の黄龍に移る。
黄龍は何も言わず、面白そうに二人のやりとりを伺っているようだ。
他の者にはわからなかったが、気を抜くと黄龍の気に飲み込まれそうになっているスマルはユウヒの言葉に頷くことができなかった。
スマル一人に注がれている黄龍の気は、その胸に触れているユウヒも感じることができた。
だがそれでもユウヒはスマルにもう一度同じ言葉を繰り返した。
「約束。絶対に戻ってくるって。ほら」
幼い頃から一緒だったユウヒは知っている。
スマルは守れそうにない無茶な約束は絶対にしない。
だからこそユウヒは、この場でスマルに約束を強いた。
困ったように顔を歪めてユウヒを見つめるスマルに、ユウヒの背後から声がかかった。
「どうしたスマル。手も足も出なかった上に戻ってきて手に入れる気もなしか。とんだへたれだな」
「サクヤ! 何言っ……」
怒ったような顔で言ったサクヤのその声は、むしろスマルを気遣う優しさが籠もっていた。
「おい。俺が犠牲になりさえすれば、っとか馬鹿な事考えてんじゃないだろうな、スマル。返事はどうした!」
サクヤに視線が移り、そしてまた目の前のユウヒに視線を戻す。
スマルは口を開いたが、何か言おうとしただけで言葉は何も出なかった。
「スマル!」
サクヤがもう一度呼びかける声がして、ユウヒがスマルに一歩歩み寄る。
「スマル?」
そう言って顔を覗きこんできたユウヒは笑っていた。
その顔を見た途端、またいろいろなものが込み上げてきたスマルはたまらずユウヒを腰から引き寄せ抱き締めた。
ユウヒは腕を伸ばしてスマルの首に絡めるとそのままスマルの肩と頭をぐっと引き寄せた。
されるがままに身を任せ、自分の肩に顔を埋めて黙ったままのスマルに、ユウヒは小さく溜息を吐いてからゆっくりと言い聞かせるように言った。
「戻ってくるって言いなよ。じゃないと私……あんたのこと、黄龍に渡せなくなっちゃうじゃん」
スマルの体がぴくりと強張った。
ユウヒは小さく笑って静かに言った。
「ほら、約束。戻ってくるって……言いなってば」
スマルの震える吐息がユウヒの首にかかる。
腰に回された手にまた力が籠もり、ユウヒはそれに応えるように強くスマルを抱き締めた。
「スマル?」
「……わかった。約束する」
ゆっくりと二人の体が離れる。
「ありがと、スマル」
そう礼を言ったユウヒは、俯いたままのスマルの肩越しに黄龍を見つめた。
「……土使いってのは、蒼月に惚れるって決まりごとでもあるのか?」
冷やかすように黄龍に言われ、ユウヒは思わず苦笑した。
「ごめん。待たせたね、黄龍」
「いや……面白いものを見せてもらった。でも本当にいいのか?」
「そこで何を聞いてたの、黄龍。本当にいいよ。だいたいあなたがここから出てくれない事には何も始まらないんだから」
黙ったままだったスマルが、ユウヒの耳元で小さく独り言をつぶやき、それに気付いたユウヒは少し笑って頷いた。
スマルはユウヒの体をそっと押し戻し、黄龍の方に向き直って言った。
「……そういうことだ。いいよ、俺の体をくれてやる」
スマルがそう言うと、檻の中の黒い球体から黒い煙のようなものが、まるではじけた水風船から水が飛び出すような勢いで檻の中いっぱいに溢れ出してきた。