「……お前が?」
嘲るような口調にも、ユウヒは揺るがずゆっくりと頷いた。
「あなたがまだクジャにいた頃の王と違って、私には何の力もないただ選ばれたというだけの人間だから……でも、同じ過ちをあなたに繰り返させたりは絶対にしない。自分があまりに小さすぎて、何ができるかと言ったら明確に今この場で答える事ができないのが悔しいんだけど……でも国を生まれ返らせるためには黄龍、あなたの力が必要なのは確かなんだよ」
黄龍がユウヒに圧力をかけてくる。
「お前にそれができるとは到底思えないが……どうだ?」
その場の空気がまた重くなり、檻の外にいるカロンがすかさずザラムの体を支えた。
「確かに、あなたに侮られても仕方がない。私の無力さは私自身が一番よく知っている……私一人だったら、たぶんここに来ることすらできなかったと思うよ。でもね、私の後ろにはたくさんの人がいるの。支えてくれる人達、信じてくれてる人達がいたから今こうしてここに立ってあなたと話をしているの。だから私はやらなくちゃならない、できるかどうかなんて話はしてないよ、国を変えるから力を貸してと、そう言っているの」
後ろからはサクが、そして目の前ではスマルがユウヒを見つめている。
その視線を感じながら、ユウヒは黄龍に話し続けた。
「多くは望まない。ただ、時代が変わるのだという事をクジャに住む人達に知らせることができればそれでいい。その後は……」
「その後は?」
間髪入れずに黄龍が聞き返す。
ユウヒもすぐそれに答えた。
「私の下に縛る気はないよ。好きにするといい。それが……約束だったよね」
「そのために器を差し出すことになっても、か?」
「……そうだよ。だから全てわかった上で来ていると、そう言ったでしょう」
そう言って、ユウヒは一息置いた。
一度大きく息を吸って深呼吸をすると、また口を開いた。
「ヒリュウとザインが作った国も、今では随分と歪んでしまった。あちこちに歪みがきてて辻褄も合わなくなって来てる。私が蒼月として立ったところで国が以前の姿に戻るとは、さすがに私も思ってないし戻すつもりもないよ。私達は私達の方法で、また新しいクジャを作っていくしかないと、そう思ってる」
「お前が国を創り、動かしていくと?」
「いや、私はたぶん国を生まれ返らせるところまでしか役に立たない。動かすのは……こっちのサクヤの仕事。サクヤと、城にいる人達。私はただそれを支えて、手伝っていくだけだわ」
ユウヒがそう言ってサクの方を振り返ると、一瞬驚きの表情を見せたサクだったが、すぐにその視線に応えてゆっくりと頷いた。
その様子を見て、黄龍の脳裏にはまた過去の記憶が鮮明に蘇った。
『俺に国は動かせない。あとはあいつに頼んできたから……あれでなかなか、すげぇんだぜ? だから今は俺の全てをお前に託すよ、黄龍。できればそいつを、この国の未来のために……お前が、ここだと思ったその時に……』
黄龍の目の光が小さく揺れる。
――この一見考えなしにしか思えないところは……あいつと同じか。ならばおそらく自分の器を知るこの女も……。
「黄龍。クジャに帰ろう」
ユウヒはそう言って、ずっと黄龍から逸らすことのなかった視線をスマルに移した。
スマルはいつもと同じように、ユウヒのことを見つめていた。
「スマル……」
その呼びかけに応えるようにスマルがユウヒの方に手を差し伸べる。
その手を取ったユウヒが、ぽつりぽつりと静かに話し始めた。
「私は……ヒリュウの全てを知ってるわけじゃない。ここにこうしているのは、私自身の意志だと思ってる。その……何ていうか、直接話して言ったわけじゃないけど、スマルもその……こうするのが一番いいって、そう思ったんだよね?」
先ほど黄龍と話していた時とはまるで別人のような、ユウヒの迷いや戸惑いが握った手を通してスマルに伝わってくる。
ユウヒの隠し切れないその想いに引っ張られそうで、あえてその手を離したスマルは、いつものようにユウヒの頭に手を乗せ、労わるように、慈しむようにゆっくりと撫でながら言った。
「ヒリュウがどうとか、約束がどうとか……そんなややこしいこと俺は考えちゃいねぇよ。お前が王になるって決めたから、俺は俺にできる限りのことをしてやろうって思った。ただそれだけだよ」
「スマル……」
「正直、黄龍を受け入れた後の俺はどうなっちまうのかわかんねぇ。だからルゥーン行きが決まった時から、俺がどうやら『器』ってもんらしいってわかった時から、俺もいろいろ考えたんだよな」
「いろいろ?」
「あぁ。いろいろ、な」
不思議そうに見返してくるユウヒを見つめるスマルの視線に熱が籠もる。
「いろいろ、思ったんだけど……」
ユウヒの頭に置かれていた手が髪を梳きながら撫で下ろされて肩に置かれる。
「……思ったんだけどな。なんか思い残すことなくなっちゃったら、俺、ほんとに消えてなくなっちまいそうでさ。そしたら俺、身動きとれなくなっちゃってさ」
そのままぐっと引き寄せると、スマルはユウヒを包み込むように抱き締めた。
「情けねぇよな、ほんと……」
ユウヒを抱くスマルの腕に力が籠もる。
その腕の中で小さく笑みを浮べたユウヒは、静かにその腕をスマルの背中に回した。