目の前の光景に、遠い日に見た記憶の中の二人が重なる。
『すまない、黄龍。今はまだ、お前をこの場所から出してやるわけにはいかない』
そう言って、黒髪の男は深々と頭を下げた。
その男の傍らに立つもう一人の男が、戸惑った様子でそれを見つめていた。
『約束する、黄龍。何年かかっても、必ず俺達がお前をここから出してやる。だからもう少しだけ、俺達に時間をくれないか?』
いったいどれだけの歳月をこの檻の中で過ごしたかわからない。
交わした約束を特に信じたわけでもなく、それが果たされる日が来るとも思ってはいなかった。
「黄龍、少し……話がしたい」
その声に檻の中の気が揺らぐ。
耳に慣れない女の声と、その声の主から感じる懐かしい空気が黄龍は不思議でならない。
ユウヒと名乗ったその女はヒリュウの魂と共にやってきた。
「入れてくれ、黄龍」
次にそう声をかけてきたのは、あの日、頭を下げた男によく似た黒髪の男だ。
二人の横には、不安そうに二人を見つめて苦しそうに顔を歪めるもう一人の男。
――あの時と、同じだな。なぁ、ヒリュウ……。
誰にも届くことのない黄龍のつぶやきが、うめき声のように檻の中の空気を揺らした。
様子を伺うように、檻の中の二つの光がそこにいる人間達の方に向けられている。
一歩、歩み出た黒髪の男が鉄格子を握り締めた。
黄龍の前にあった過去と現在が入り混じった幻のような風景が、その握り締められた拳を中心に鮮明になっていく。
目の前にいるのは、かつて知る男達ではない。
緊張感の漂うその空間に、黄龍の低い声が響いた。
「器……スマルと言ったか。今、開けてやる」
その声と同時に、まるでその檻が生き物のように動き、スマルはその中に飲み込まれた。
カロンは反射的にその手を剣の柄に添えたが、檻の中に入ったスマルが振り返り、問題ないとばかりに首を横に振ったのでそのまま腕をおろして立ち上がった。
あれほどに苦しそうだったザラムも、すでに平静を取り戻してその隣に並んで事の成り行きを見守っている。
檻の中に入ると、スマルは躊躇う様子もなく黄龍に近付いて行った。
外に残されたサクとユウヒはその背中を見つめていたが、ふと違和感を覚えたサクが横にいるユウヒに視線を移した。
――あいかわらず……だな、こいつは。
吐く息が震えている事にはおそらくユウヒ本人も気付いていないのだろう。
サクはユウヒの肩に手をおくと、黄龍に向かって言った。
「私達も中に入れて欲しい」
驚いたユウヒがはじかれたようにサクの方を見上げる。
サクはユウヒに向かって小さく微笑むと、肩をぽんぽんと叩いてつぶやくように言った。
「言っただろ? お前は頑張りすぎなんだよ……俺も一緒に行くから、あいつの側にいよう」
言い終わるとほぼ同時にサクとユウヒも檻の中にいた。
「ずっと考えて出した答えなんだろ? 行っておいで」
そう言って、サクはユウヒの背中を押した。
スマルの方へと歩いていくユウヒを見つめて、サクは小さく溜息を吐いた。
――お前らがそんなだから、俺はこうするしかなくなるんだろうが。
どうにかしてスマルを止める方法を見つけたかったサクは、思いと矛盾した自分の行動にもう一度深く溜息を吐いた。
黄龍と対峙するスマルの少し後ろで、ユウヒはその足を止めた。
スマルよりも前に出ようとはせず、その背後から黄龍に向かって言った。
「聞いて、黄龍。クジャは今ちょっと困ったことになってる。私が王となる事で軌道修正できるのであれば、そうしようと思ったの。でもそれには……見ての通り、非力過ぎてね」
ユウヒの声が辺りに染み渡るように響いている。
他には誰も口を開くことなく、皆それに耳を傾けていた。
「王に手を貸せ、と? 女、お前は私が何故このような檻に入って……」
ユウヒは黄龍の言葉を遮る。
「知っている。強すぎる光はより濃く深い闇を生む。王である者が国を支える柱の一つを手にしてしまったら、その力と影響はとても大きなものになるもの。でも私はそうするつもりで言ってるわけじゃない。それに私もあなた達も昔の過ちを知っている……知っているのと知らないのとでは全然違う。だから問題ないと思ってる。光のあるところに影はできるものだから、それなら生まれてくる闇は私が全部引き受けるから」