約束の地


 背後ではカロンがザラムに声をかけている。
 ザラムもだいぶ緊張がほぐれたのか、先ほどまでよりも少し声に力が戻ってきていた。
 すぐ横で、スマルが心配そうに自分を見ているのがユウヒにはわかった。
 背後からはおそらくサクのものであろう視線も感じる。
 ユウヒは気を落ち着けるように一呼吸してから、スマルに言った。

「よし、行こう」

 まっすぐに前を見つめてそう言ったユウヒの言葉に、スマルはゆっくりと頷いた。

「あぁ、行こう」

 スマルが右手を伸ばし、その掌を見えない壁にぴたりと添えるような動きをした。

「開錠」

 緊張する間も与えずにスマルがそう言うと、何もないはずの空間にスマルの手を中心とした同心円状の波紋が広がり、少し遅れてその波紋を追うように見えない壁に穴が開いた。

 少し黴臭いような強い突風が前方から吹いた。
 反射的に目をつぶり、それをやり過ごす。
 次に一同が目を開けた時、先頭のユウヒとスマルは既に歩き出していた。

「開錠? なんで?」
「そんなもん俺に聞くなよ。当代の土使いが鍵ってことなんじゃねぇの?」
「聞くなよって何よ、あんたが言ったんでしょう?」
「だからさぁ、何でか知ってるから口をついて出てくるけど、俺だって戸惑ってるっつかさぁ」
「何よ、それ!? いいかげんだなぁ」

 漏れ聞こえてくる二人の会話に、カロンが思わず噴出した。

「まったく! あの人達は……どんだけ腹が据わってんでしょうねぇ」

 サクも笑いを堪えて顔を歪めると、その間でザラムが戸惑いの表情で口を開いた。

「あの……あの人達は?」
「うちの王様と、守護神と同等の力を持つ土使いですよ、あれでも」

 カロンが楽しげにそう言って歩き出す。
 サクもザラムに先を促し、自らも歩き出した。

「あぁいう奴らなんですよ、普段は。ずっと気を張ってたんだけど、ここへ来て完全に開き直ったみたいですね」

 サクが呆れたように言うと、ザラムは目を細めて前方の二人を見て言った。

「不思議な方ですね」
「ん? スマルですか?」

 つぶやくように小さく響いた言葉にサクが返事をすると、ザラムは首を振ってそれを訂正した。

「ユウヒさんの方です。さきほど私に声をかけてくれた時といい、今といい……ほんの少しの言葉だけで、周りにいる人間を安心させてくれる。何とかなるんじゃないかと思わせてしまう。土使いの方も、今までの緊張が嘘のように柔らかい表情をしているじゃないですか」

 ザラムに言われてカロンとサクが顔を見合わせる。

「私にはこう言った不思議な力のことはよくわかりません。でもこれけはわかります。あの方達が創る国は、きっと素晴しいものになる」

 そう言って、ザラムはサクとカロンを交互に見つめて笑みを浮べた。
 サクは困ったように顔を歪め、カロンはお得意の笑みを浮かべて嬉しそうに言った。

「ありがとうございます。そう伝えておきますよ」

 カロンの言葉にザラムは照れくさそうに頷いた。
 無駄な気負いから解放され、ほどよく漂う緊張感の中を一行はまた歩いていく。
 しばらく進むと暗闇に響く音が変わった。

「石、ですね」

 カロンがそう言って歩きながら横に手を伸ばすと、驚いたことに壁はすぐ手の届くところにあった。

「通路、ずいぶん狭くなってますね。それにここ、全部石造りですよ」
「えぇ。それに……目が慣れただけにしては随分視界が広くなってきてませんか?」

 サクの言葉にザラムとカロンが頷く。

「確かに。これは……入り口部分の神殿のような、砂岩ではなさそうですね。ラスラン石とも違う」
「ですね。ラスラン石は発光しませんから」
「月輝石の結晶を含んだ、ラスラン石ではないでしょうか」

 サクとカロンの会話に、ザラムが口を挿んだ。

「ゲッキセキというと……クジャで消音石と呼ばれている、あれのことですか?」
「えぇ、その石のことです。古代ルゥーンでも希少なものとされていたはずですが、それをこんなに……拳大の物ならば星読みの塔の資料室で見た事がありますが、いや、驚きです」
「ルゥーンでは消音石のことをゲッキセキと言うのですね」

 サクが質問を繰り返すのを、カロンは少し楽しげに見守っている。
 ザラムの方も本領発揮とばかりに声に熱が籠もった。

「ルゥーンではなくヒヅでそう呼ばれているのです。月の輝きという意味の文字なのだそうです。純粋な月輝石というものはルゥーンでは採れませんから。その昔、ヒヅの帝から贈られたという月輝石をきれいに磨いた玉が確か王宮にあったはずです。その時に初めてルゥーンの民はその石の名を知ったのだと言われています」
「そうですか。なるほど、暗くなると発光する石を月輝石と名付けるとは、昔のヒヅの民もまたずいぶんと洒落た名前をつけたものですね」

 いかにもカロンらしい言葉にサクは笑みを浮かべてカロンを見た。
 ザラムは興味深そうに石でできた通路の壁を眺めている。
 そんな三人に前方のスマルから声がかかった。

「ここはもう神殿の中なんッスよ。結界やなんかで隠されているけれど、横道も随分あります。部屋もいくつか……で、ここが黄龍のいる祭壇です」

 ユウヒとスマル足が止まり、サク達がそれに急いで駆け寄った。
 スマルの指差す方を見ると、入り口よりもさらに大きな空間に石造りの祭壇があった。