約束の地


 中に入ると、そこは暗い通路のようになっていた。

 何分暗くて、天井も横の壁もどうなっているのかわからなかったが、足音の響き方から、そこが思っている以上に大きな空間であることくらいは推し量ることが出来た。
 足下もあまりよく見えないような状態だったが特に障害物があるわけでもないらしく、先頭を行くスマルは迷う様子も見せずにどんどん進んでいった。
 どこへ続いているのかわからないような暗闇に向かって進んでいくと、どうやらその通路は下に向かって若干勾配があるらしいことに気が付いた。

 反響する音が少しずつ変化し始めた頃、それまでひんやりとしていた辺りの空気が徐々に生温い湿気を帯びたものに変わってきた。

「ん? 何でしょうね、これは……」

 首にまとわりつくようになった後れ毛を後ろに払いながら、カロンが戸惑ったようにつぶやいた。
 そんな背後の様子を気に留める様子も見せずに、スマルはどんどん先を歩いている。
 そして今度は、上から何かに押さえつけられているかのような重圧を感じるようになってきた。

「大丈夫?」

 振り返ったユウヒに言われて一同は頷いたものの、その重圧に不安と畏怖の入り混じった。緊張感を誰もが感じ始めていた。

 ――この先に、黄龍がいる。

 その恐ろしく大きな力を全身で感じながら一歩一歩進んでいく。
 ふと、スマルの足が止まった。
 何事かとその場の視線がスマルに集まり、ユウヒ一人がスマルに歩み寄った。

「どうした?」
「ん? あぁ、たぶん繋がった。今、俺の目の前に見えねぇ壁みたいなもんがあるんだけど……お前にはわかるか、ユウヒ」
「……いや、わかんない。でもまるで耳を塞がれたみたいな妙な閉塞感があって、なんかおかしいってのはわかる」」
「そっか。耳鳴りとか、平気か?」
「平気だよ」

 ユウヒの返事を聞いて安堵の表情を浮べたスマルは、背後の三人にも声をかけた。

「どうッスか? 何か変わったことは……」

 問題ないという風に頭を振るサクとカロンの間で、星読みのザラムが脅えた様子でスマルを見つめていた。

「ザラムさん、どうかしましたか?」

 スマルが言うと、やっとそれに気付いたという風な様子でカロンがザラムに声をかけた。

「どうなさいました? 気分が悪い、とか」
「いえ、いいえ。その、違うんです」

 上擦った声でそう言ったザラムにユウヒが歩み寄る。

「大丈夫ですか?」
「えぇ。その、違うんです。ただ、頭がついていかなくて……」
「頭?」
「はい」

 そう言ってザラムは何回か大きく呼吸をしてから、またユウヒに向かって言った。

「情けない姿をお見せして申し訳ないです。職業柄、他人よりも多くの不思議なもの、不可解なものを目にしたり経験したりしてきたつもりだったんですが……今、目の前で起きているこれはそのどれよりも途轍もなく、その……今までの私の常識の範疇を超えてしまっていて。その意味や何かを考える余裕もないんです。それでも皆さんは平然としていらっしゃって、そしたら何だかどうしていいのかわからなくなってしまって……申し訳ありません」
「平静に、見えますか?」
「え?」

 ユウヒは笑みを浮かべて、静かにザラムの手を取った。
 ザラムの手を包み込んだその手は、緊張で体温のなくなったザラムの手よりもさらに驚くほどに冷え切っていて、ザラムは戸惑いの表情でユウヒを見つめ返した。

「情けないことで申し訳ない。でもそれを私が口にしてはいけないと思ってね、ずっと我慢してたの。あいつ、幼馴染みなんです」

 ユウヒがそう言ってスマルの方を振り返ると、ザラムも驚いたようにその視線を追った。

「小さい頃からずっと一緒だったのに、気が付いたらお互い何だかすごいことになってきちゃってね。あんまり凄すぎて、自分が恐がってるのかどうなのか、それも見当がつかないくらい動揺してるんだよね」
「ユウヒさん……」

 ザラムがまるで他人事のように淡々と話し続けるユウヒを心配そうに見つめる。
 ユウヒはザラムに視線を戻して小さく笑った。

「あなたがヨシュナからどんな指示を受けてるのかはわからないけれど、でも、目の前で起こってる事は全部現実で、そして必ずあなた達の国を良い方向に導いてくれるから。だからね、わからなくて不安な事は何でも聞いて下さい。そして全部きちんと見届けて下さいね」
「あ、あぁ……はい、わかりました。あの、そう言っていただけると少し安心です。私だけが萎縮してしまっていて、私だけがこんなに不安ばかり抱えて緊張しているのだと思ったら何も言えなくなってしまって……」
「みんな同じようなものだから。大丈夫」
「は、はい!」

 ザラムが安堵の表情を浮べてそう返事をすると、ユウヒはにっこりと笑って踵を返し、スマルの許に戻った。

「ユウヒ……」
「……ごめん。ちょっと弱音吐いた」
「いや、別に……」

 スマルの声が聞きなれた優しい響きを持っていて、自分はどんな情けない顔をしているのだろうかと思うとユウヒは思わず自嘲の念に顔を歪めた。