東西南北に分かれた四神達の姿の向こうに、晴れ渡ったルゥーンの青空が透けて見える。
それぞれに高く雄叫びを上げ、スマルを見守るように茶色の大地の上に見えない壁のような結界を張り、その途端にその場の空気が変わった。
クジャを離れているせいか、それはヒトではなく本来の四神そのものの姿をしており、その荘厳な姿に圧倒され、居合わせた者達は思わず息を呑んだ。
「これが、四神……サク、あなたは見たことがあるんですか?」
やっとのことで吐き出したカロンの言葉に、サクは頭を振った。
「いえ、この姿は初めてです」
「私もですよ……」
見惚れるように中空を見つめる二人の横で、同行を申し出た星読みのザラムが驚愕の声を上げた。
「い、いったい何なんですか、これは!?」
その声にサクとカロンが顔を見合わせる。
そういうものが存在すると知っている二人でさえ驚くのだ。
ザラムのその反応も無理はなかった。
「これは、白虎、玄武、朱雀、青龍と言って、我々の国、クジャの守護神と言われています。そこに住み着いた妖というよりは、国を思う民達の思念が生み出したものらしいですね。私達も、こうして目にするのは初めてなのですよ」
「そ、そうなのですか? クジャにはそういったものが存在すると知識としては存じておりましたが、そうですか……この方々が……」
ザラムはそう言ってあらためて空を見上げた。
守護神とされるものとはいえ、異国を守る異形のものに対して敬意をもって『この方』と言ったザラムに、サクは驚き、そして感心した。
ザラムは全てのものを見逃すまいとでもするように、双眸を見開き、興奮した様子で中空に現れた神々に姿を見つめている。
そして続いて視線をおろし、目の前で何かをしきりにぶつぶつとつぶやき続けているスマルについてまた質問してきた。
「彼は……彼はいったい何を?」
その問いにサクが答える。
「呪文のようなものを唱えているのだと思います。それらは全て古の言葉で語られていて、我々凡人には何を言っているのか皆目わかりませんが」
「古の言葉、ですか。彼自身はどこでそのような高尚な教養を身に付けたのでしょうか」
「いや、そういった類ではないのですよ。彼が土使いとしての宿命を受け入れた時か、それとも何かを成そうした時か……あるいは最初からか。彼の中に全てが受け継がれているのですよ。例えるなら誰に教わったわけでもないのに乳房に吸い付く赤子のようなもの、本能とでもいうんでしょうかね。知っているからできるんです」
「……不思議なこともあるものですね。私達の国にはない考え方です」
星読みという仕事柄なのか、ザラムの知識欲というものは相当高いようだった。
静かに見守っていようとする姿勢を見せてはいるのだが、目の前で起こっている出来事とサクの話によりルゥーンにはない何かへの好奇心が非常に高まっているようで、無理に押し黙ってはすぐにサクの方を向いてあれこれ質問を繰り返してきた。
サクの方も、事の成り行きを見守っているだけで特に何かすべきことがあるわけでもないので、スマルの邪魔にならない程度にザラムの相手をしていた。
「何か、祈りの歌のような、不思議な響きですね」
不意につぶやいたザラムの言葉に、いつもは答える側だったサクの方が問い返した。
「祈りの歌、ですか?」
「はい。高く低く、規則性があるわけではないのですが、不思議な旋律です。歌のように聞こえなくもないでしょう?」
さも素晴しい事に気付いたと言わんばかりの満足げな顔で、横から見上げるようにのぞき込むザラムに、サクも改めてスマルの声に耳を傾けてみた。
あいかわらず何を言っているのかさっぱり意味のわからない古のクジャの言葉だが、話し言葉とは違う不思議な抑揚をもって紡ぎだされるその言葉は確かに歌だと言ってもおかしくなような独特な旋律のようにも聞こえる。
その旋律の中にもう一つの旋律が重なっていることに気付き、サクはその音を耳で辿った。
少しだけ場所を移動して見てみると、スマルの背後に立つユウヒがしきりに何かを小さくつぶやいているのが目に入った。
「……ユウヒ?」
目を閉じているユウヒが、何を念じているのかはわからなかった。
ただ同様にそれも古の言葉で、スマルの唱える呪文の一部であることには間違いない。
絶妙な高低差で折り重なって響く二人の声は、さらに不思議な旋律となって辺りの空気に染み渡って大地に飲まれていく。
その声にじっと集中して耳を傾けていると、まるで何かの暗示にでもかけられているかのように奇妙な緊張感に包まれて、サクは自分の体が小さく震えていることに気付いた。
――なんだ、この震えは……。
自分の変化に驚き、ユウヒとスマルを食い入るように見つめる。
――あの旋律。俺の中の何かを確かに揺さぶっている気がする。いったい何だ?
サクは自分の腕をぎゅっと掴んで、ザラムの横に静かに戻った。
「あの、どうされました? 顔色がずいぶんと……」
「いや、大丈夫。問題ない……」
心配して声をかけてきたザラムに、サクはそう言って首を振った。
「みんな! もう少し下がって! 開くよ!!」
突然ユウヒが右手を挙げ、後ろにいるサク達に声をかけた。
スマルではなくユウヒから声がかかったことに驚き、カロンとサクが顔を見合わせる。
その途端、まるで地鳴りのような低い音が鼓膜を揺らし、続いて足下の砂が小さく小刻みに跳ね上がった。