砂塵が巻き上がり、茶色の風となって視界を遮る。
ユウヒ達はその最後尾をついて行った。
「大丈夫ですか?」
心配そうに声をかけてきたカロンも、この砂埃には辟易しているようだった。
「平気!」
ユウヒはそう答えて、前方に目をやった。
兵士達と、茶色い風の向こう側をサクとスマルが駆けている。
ユウヒは迷いを断ち切るかのように、遠い二人の背中を睨みつけて走り続けた。
ルゥーンには元々大きな町らしい町は少ない。
いくつかの集落を通り過ぎ、太陽が真上に来るよりも前に、一行は大きく開けた場所に出た。
馬の足が次第に遅くなり、ついにはその歩みを止めたスマルとサクの許に、ルゥーン兵士達と共に同行してきた一人の男がが近付いてきた。
「サリヤ様より全て見届けてくるように仰せつかってまいりました。自分は星読みのザラムといいます。この先も、同行してよろしいでしょうか?」
ザラムという星読みの言葉にサクとスマルが顔を見合わせる。
「構いませんよ。ただ何が起こるか我々にもわからないんです。それでも良かったら……」
サクがそう言うと、ザラムは安堵の表情浮べて言った。
「では、私も同行させていただきます。あの……場所はここ、なのですか?」
やや遠慮がちにも聞こえた言葉に、スマルが頷いて馬を降り、サクがそれに続く。
ザラムは馬上から失礼と一礼してから、ルゥーン兵士達の中に戻っていった。
馬から降り様子を伺っている兵士達の列の中を抜け、ユウヒとカロンがスマル達のところに駆けつけた。
「ここなの?」
馬を降りたユウヒが訊ねると、目の前に広がる砂の大地を見つめてスマルが答えた。
「あぁ。ここでいい」
「黄龍はここに封印されてるわけじゃないよね。どういう事なの!?」
ユウヒの疑問に、近寄ってきたカロンも頷く。
そんな二人の様子を眺めて、スマルは言った。
「確かに封印されたのは国境の方だが、実体があるわけじゃないからな。周りにどう影響が出るかわからなかったから、広い場所を選んだんだよ。今はもうこのルゥーンのほぼ全土に黄龍の力が影響してる。厳密にその場所でなくては黄龍のもとに辿り着けないってわけじゃねぇんだ」
「……説明されてもやっぱりわからんな。で、この広い場所からどうする気なんだ?」
サクがそう聞くと、スマルは地面の砂に指で図を描きながら説明を始めた。
「まず扉を開けて、ここから中に入る。この大地全体が黄龍の力の及ぶ範囲だからな、俺もその力が使える。で、まぁ俺達のいる空間と、黄龍のいる空間を、繋いで……で、跳ぶわけだ」
スマルが満足そうに顔を上げたが、その場の誰もが眉間に皺を寄せた難しい表情でスマルを見下ろしていた。
「すまんな、スマル。やっぱり全くわからないよ」
「そ、そっか? うーん……説明しづらいんだよな。どんな風に繋がるのか、俺だってやってみないとわかんねぇし」
「わかんねぇしって、スマルが考えたんじゃないの?」
ユウヒが呆れた顔で言うと、スマルは拗ねたように言った。
「黄龍に指示されたんだよ。いくら何でもどう解放すりゃいいかなんて、解放したことない歴代の土使いの記憶の中にその方法が見つかるわけねぇだろ? お前のところに行きたいんだけどどうすりゃいいんだって聞いたんだよ。行って会うだけならヒリュウだってやってる。でも解放ってなるとどうなるか俺にはわかんねぇ。だから広い場所を選らんだんだよ」
スマルの言葉をユウヒは首を傾げつつも必死に咀嚼する。
「ん〜、よくわかんないんだけど……その空間と空間を繋げると、私達が黄龍のいる場所に移動するっていうかんじなのかな?」
「いや、正確には俺達も動くけど、黄龍の方が引き寄せられるって言った方が当たってるな。あーもう、あんまり突っ込んで聞くなよ。俺だってやってみるしかねぇかなって思ってるんだからさ」
「ホントに大丈夫なの?」
「風穴開けるみてぇなの、思っててくれよ。行き場をなくしてたもんが、風穴から一気に流れ出るように、黄龍が俺に向かって流れてくるから。だからさ、解放については間違いねぇよ」
そう言って笑みを浮かべると、スマルは前方にゆっくりと歩き出した。
後をついてくる面々に自分よりも前に出ないようにと何度も繰り返し、馬やその場に残る兵士達からだいぶ遠く離れた場所でスマルは立ち止まった。
「さてと……お前の器が会いに来たぜ、黄龍。扉を、開けてくれ」
そう小さくつぶやくと、スマルはその場に片膝を付いて腰を下ろした。
その姿を見たユウヒは、力を解放させた後に地滑りや地割れを起こして見せた時のスマルを思い出していた。
――なるほどね。だから前に出ちゃいけないんだ。
背後で腕を組んでユウヒは様子を見ていたが、不意にスマルから呼ばれ、そのすぐ横に歩み寄り、屈んでスマルを覗き込んだ。
「何? どうかした?」
心配や迷いのないユウヒの力強い声に、スマルは顔を歪めて言った。
「黄龍を解放すると、ひょっとしたら俺は……」
「うん。わかってる。私もいろんな事を考えたよ。それでも結局私達はこうすると思うんだ」
「……だよな? あれこれ考えても仕方ねぇか」
「仕方なくはないよ。私だって、ずっと考えてる」
「そっか……わかった」
スマルはユウヒの方を一瞥してから、小さく笑みを浮かべた。
「じゃ早速で悪ぃんだけど……お前さ、四人に言って結界を張ってもらえるか?」
「四人って、誰?」
ユウヒが間抜けな声で聞き返すと、スマルががっくりと肩を落として言った。
「誰ってお前、四神に決まってんだろうが! 馬鹿か、お前は!?」
「あ、あぁ。そっかそっか。そうでした。いや、誰を選べばいいのかなぁ、なんて思っちゃった」
「…ったく! ずいぶん間の抜けた王様だなぁ。大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ。い、いいわ。ちょっと待ってて」
ユウヒはばつが悪そうにそう言うと、また立ち上がってスマルの背後に立った。
――みんな、聞いてた?
四神に話しかけるのは久しぶりの事だった。
常に共にいてくれる国の守護者であり大切な友でもある四人は、すぐにその問いかけに答えてきた。
――聞いてたぜー、ユウヒ。
――だからまたそういう……わかりました。結界ですね?
白虎と玄武の声がして、続いて朱雀と青龍も返事をした。
――いよいよですね、ユウヒ。
――我々にできることならば、何なりと。
心強い言葉に背中を押された気がして、ユウヒの心に火が灯った。
「白虎! 玄武! 朱雀! 青龍! 四方結界!!」
ユウヒの声があたりに響き、その体から炎が湧き上がったかのように陽炎がたつ。
それはみるみる形を帯びてスマルを中心に四方へと散じた。