約束の地


「全く、どこかへ出陣でもしそうな勢いですね」

 ユウヒの言っていた通り、ルゥーン王が同行を取りやめたことで予定していた作業がかなり前倒しで進んだらしく、程なくして、馬に騎乗したルゥーン王直属の兵士達が現れ、まもなく出発との伝令があった。
 すでに全員が騎乗しており、カロンが手綱を引いて馬の鼻先をユウヒの方に向けて言った。

「まぁ、ルゥーンにしても、国の命運をかけた一大事だからね。兵士が……二十人くらいはいる? 何かしたって事を残しておきたいんじゃないかな」
「あ、ユウヒ。ヨシュナ陛下がお見えですよ」

 カロンがくいっと顎をしゃくって指した方を見ると、鮮やかな青を纏ったヨシュナが城門のところに立っていた。
 ユウヒは前へと進み、ヨシュナの前まで来ると馬から降りた。

「では、ヨシュナ陛下。行ってまいります」
「ヨシュナで良いと言ったぞ、ユウヒ。友とは話せたのか?」
「さっき少しだけ」
「そうか」

 そう言って頷くヨシュナの振舞いはとても自然だった。
 その表情もとても柔らかく、年相応、十九歳の青年の顔をしている。
 遠巻きに見ているサク達が驚いているのも知らず、ユウヒはヨシュナに言った。

「ヨシュナ。出発前に一つ聞かせて」
「……なんだ?」
「どうしていきなり、何て言うか……こんなに友好的にっていうか……扱い方が、ね」
「なんだ、そんなことか」

 少し俯いて小さく笑ったヨシュナが顔を上げる。
 今度は王の顔をして、ヨシュナはユウヒの問いに答えた。

「話してみてわかった。お前はもうすでにその背に自国の民を背負っている立派な王だ。この国の王として、隣国の王に敬意をもって接するのは当然の事だ」
「でもまだ、王様じゃないよ?」
「我が国と違い王族でない者が王になるというその仕組みについては余もわからぬ。だが正式に即位しておらずとも、お前は既に王だ。民を背負い、お前を信じて従う者達がいる」

 その言葉にユウヒは思わず苦笑した。

「従う者達って……あれは友達だよ? まぁ私が蒼月に選ばれなければ会うこともなかった人もいるけど、でも私よりもすごい人ばかりで、とても従えるとかそんな風には思えない」
「そうか。そういえば今朝会わせてもらった四神とやらも、お前は友と言っていたな」
「あぁ、そうね。友というか……私なんかよりもよっぽどすごいんだよ、みんな。クジャを守ってきた守護者だもの。それなのに私の前に膝をつくんだよね。だったらさ、お互いに敬意を払える友人という対等な立場でいられたらって、そう思ったんだよ」
「なるほどな。お前らしいといえば、そうかもしれぬ」

 ヨシュナはそう言って、黄龍解放のために集められた者達を見つめた。

「だがな、ユウヒ」

 ヨシュナは視線を臣下の者達に残したままでユウヒに語りかけた。

「お前は王なのだ。確かに友として周りの者達に敬意をもって接するのも良いかもしれぬ。だが見誤るな。王として、お前の力を知らしめなくてはならない時は必ずある。お前が先頭に立ち、その力で皆を導かなくてはならぬ時は必ず来る。その時、王は絶対に引いてはならぬ、下を見てはならぬ。余の言っていることがお前にわかるか、ユウヒ」

 そう言って振り返りユウヒを見つめるヨシュナの瞳は、王であるという自覚とその責任の重さを背負う覚悟の有無を無言のままユウヒに問いかけていた。
 生半可な気持ちでは背負ったものの大きさと重圧に押し潰されてしまう。
 その場所にヨシュナは十九歳という若さですでに立っているのだ。
 ユウヒは息を呑んだ。
 そして心配そうに自分の事を見つめている、サク、カロンに視線を移し、最後にスマルでその視線を止めた。

 ――覚悟なら、もうできている。

 ユウヒはずっと側で支えてくれていた、大切な幼馴染みの顔を目を細めて見つめた。

「わかってるよ、ヨシュナ。だから今、私はここにいるんだ」

 その声の強さにヨシュナの双眸がユウヒを捉え、そしてその視線を追ってクジャから来た三人を見つめる。

「ならばよい。余はお前が王で嬉しいぞ」

 唐突なヨシュナの言葉に、ユウヒが驚いてヨシュナの方を見た。
 ヨシュナの顔は、また十九歳の青年のものに戻っていた。

「余はお前と違い王族だ。常に王であらねばならぬ、そう育てられてきた。それが余には当たり前で、そのことに不満はない」

 何を言おうとしているのか推し量るように、ユウヒはヨシュナをじっと見つめた。

「余の周りのものは皆、余を敬い付き従う。どれだけ親しい者であっても、その間にはいろいろな利害関係が存在するのだ。余には、友と呼べるような者はおらぬ。この国ではそれが許されぬ。孤高の存在、絶対的な君主、それがこの国の王なのだ」
「ヨシュナ……」
「だが、お前はクジャの王だ。この国の再生に尽力する約束など、まぁ利害関係もなくはないが……お前はそういうもので動くような人間ではなさそうだ。王と王であれば、この国の民の前でも友と呼んだところで差し支えはなかろう?」
「まぁ、そうかもね」
「なんだ。余に友と認められたのだぞ、もうちょっと何かないのか?」

 戸惑った声を上げるヨシュナは、まるで拗ねた子どものような顔をしていて、ユウヒは思わず笑い出した。

「そうだね。そうやって皆が知らないヨシュナの顔を見られるんなら、最高の役得かもね」
「な、なんだそれは! なぜそこで笑うのだ!」

 困ったようにそういうヨシュナの手を取り、ユウヒは言った。

「王でなければヨシュナと友達になれなかったのなら、そうだね、私は王で良かったかもしれない。ずっと王様としてあるために生きてきたヨシュナの横に並ぶことを許されたんなら、私は最高に幸せだね。ありがとう」
「い、いや。別に……」
「ううん。ヨシュナ。私を友だと言ってくれてありがとう。私もあなたの友人として、あなたと、あなたの国のためにできる事はしてあげたいよ」
「ユウヒ……」

 ユウヒはまた笑顔を見せた。

「そのためにもさ、一日でも早く、ちゃんと王様にならなくっちゃね。そしてその時はヨシュナ、またいろいろ教えてね」
「あ、あぁ。もちろんだ。余にできることがあれば遠慮なく申すがいい」

 握った手にどちらからともなく力が籠められる。

「ありがとう」

 そう言ってヨシュナの許を離れ、ユウヒが馬に飛び乗ると、ルゥーンの兵士達が一斉に剣を抜き、何かを誓うかのように、その胸元に剣をまっすぐに構えた。
 ヨシュナがそれに手を上げて応えると、大きな雄叫びと共に兵士達が剣を鞘に納め、馬達も兵士達の気持ちに呼応したかのように興奮した様子で落ち着きがなくなる。
 スマルとサクが先頭になって駆け始めると、その後にルゥーン兵士達が続いた。

「じゃ、行ってくる」
「あぁ」

 ヨシュナに手を振り、ユウヒは手綱を操って馬の鼻先を進行方向に向ける。
 カロンが横に並んだのを確認すると、二人は兵士達の後を追って勢いよく駆け出した。