わきが 長野 美容外科 12.約束の地

約束の地


 宮殿を出たところに、馬が用意されていた。

「この国では騎獣の用意ができないの。馬で大丈夫かしら?」

 心配そうに覗き込んでくるサリヤに、スマルは小さく微笑み頷いた。

「大丈夫ですよ。ここから離れられればいいんで。周りに何もないところに出たら、扉を開けます」
「え? それは……広い場所ならばどこでも良いということかしら?」

 その問いにスマルからの答えはなかった。
 朝にはスマル達の部屋に来るという話だったユウヒは結局現れなかった。
 それどころか出発の準備がほぼ整ってきたこの段階になっても、未だにその姿を見せない。
 黄龍が解放されるまで人質とされるのではないかという不安が、スマルだけでなくサク、カロンの脳裏にもよぎる。
 サリヤがそれらしい素振りを全く見せていないのがせめてもの救いだった。

 馬の鞍を調節しているスマルの手もとに、ふと影が落ちた。
 何事かと振り返ると、ほんの数刻前まで顔をつき合わせていたサクが、まだ不機嫌そうな表情をしてスマルの後ろに立っていた。

「どうかしたか、サクヤ」

 チラリと一瞥しただけでまた作業する手の方に視線を戻してスマルが言うと、サクは小さく溜息を吐いてから小声で言った。

「スマル。お前、本当にもう何も隠しちゃいないんだろうな?」

 その言葉にスマルが思わず吹きだした。

「笑い事じゃないだろう? まぁいい。で、お前、本当に器にされてしまっても構わないのか?」
「え?」

 スマルが驚いたように振り向くと、サクが首を傾げて少しだけ話そうと合図を送ってきた。
 周りの視線が特に自分達に向いていない事を確認すると、二人は静かに移動した。

「構わないのかって……何?」

 改めてスマルがサクに聞き返す。
 サクは困ったような表情を浮べると、また小さく溜息を吐いてから口を開いた。

「その、なんだ。この類の話はあまり得意じゃないんだけど……ユウヒだよ。一人置いてくのか?」
「連れて行けるもんでもねぇだろ」
「そういう事を言ってるんじゃない」

 サクは本当にこういった話は苦手らしく、言葉を探しながら話をしているようだった。

「俺が口を出すようなことじゃないのは百も承知だよ。でもな、ユウヒにとってお前は替えのきかない存在だろう? いなくなるお前の心配をしてるんじゃない。残されるユウヒの話をしてるんだよ」
「替えのきかない……か。そう言ってもらえるのは嬉しいけど、でもそいつはどうかな。それに、あいつだっておそらく器として俺を差し出すと思うよ」
「憶測だろう。決めるのはユウヒだ」
「まぁ、そうなんだけどな。俺だっていろいろ考えたんだ。で、なるようになるしかねぇかなと」

 軽く吐かれたスマルの言葉にサクは黙りこくってしまった。
 サクもそれくらいのことがわからないわけではなく、内心ではそうなるしかないのだろうとは思っている。
 だがなぜか、スマルが全てを受け入れて、何もかもを背負い、引き受けてしまうことを見過ごすことができないのだ。
 何か言いたげなのに言葉の出ないサクの顔を見て、スマルは微かに笑みを浮かべて言った。

「これ言うとまた怒るんだろうけどさ、サクヤがいるからその辺の心配はあんまりしてねぇんだ、俺。あいつが無事王様になったら、お前は朔になってあいつを支えてやってくれ」
「……それこそ決めるのは俺じゃない」
「まぁ……そうなんだけどな」

 スマルはサクの肩に手を置くと、すぐ横に並ぶようにして立った。

「時間はあったんだ。あいつもいろいろ考えてる。それに、あいつの事の進め方は、感覚的なようでどっちかってぇとお前に似てんだ、サクヤ。どう転んでも道が先へ繋がるようにあれこれ考えてるはずだから。だから……俺のことも含めて、きっと大丈夫なんだよ」

 そう言ってぽんぽんと肩を軽く叩くと、スマルはサクの方を向いてにぃっと笑った。

「頼んだぜ、ユウヒのこと。誰かに頼むなんて本当は嫌だけど、でも……」

 サクは呆れたように肩に置かれた手をスッと払って言った。

「嫌ならどうにかなる方法を考えろ。無責任に頼むとか言うな馬鹿者」
「馬鹿言うなよ、サクヤ」
「うるさい。馬鹿に馬鹿と言って何が悪い。あ……おい、スマルあそこ」
「は?」

 城の方を向いて立っていたサクに言われて、スマルが何事かと振り返る。
 二人の視線のその先には、件の張本人の姿があった。
 朝の光を受け、満面の笑みを浮かべたユウヒが大きく手を振っている。
 心配など無用だと言わんばかりのその様子に、周りの空気が驚くほど一瞬で変わった。

「ユウヒか?」
「あいつしかいないだろう」

 そう言って顔を見合わせると、スマルとサクはユウヒが走ってくる方に向かって歩き出した。

 途中、見知った顔を見つけては足を止めて声をかけ、また走り出す。
 それを繰り返してやっと二人の前に辿り着いた時、ユウヒはもうすっかり息が上がっていた。