東京 美容整形目の下たるみ 11.土使い

土使い


 そこへ不意に背後から足音が近づいてきた。
 三人の間に緊張感が走ったが、足音の主はそれに気付いて穏やかな声で話しかけてきた。

「陛下とのお話はお済みかしら? お部屋にご案内します。少しお休みになられてはいかが?」

 そこにはサリヤが立っていた。

「黄龍のところへはいつ? 今日はもうじき日が暮れますが……どうなさいますか?」

 サリヤの言葉に三人は顔を見合わせ、スマルがその問いに答えた。

「できれば……このまますぐにでも。無理でしょうか?」
「ユウヒさんを牢から出せるかわかりません。明日の朝であれば……それでは遅いですか?」

 スマルが何かを言おうとしたが、そこにサクが割り込んできた。

「いえ、それでお願いしたい、サリヤさん。俺はまだこいつに、スマルにいろいろと聞きたい事がある。ユウヒは朝一で我々の部屋に寄越して下さい。できますか?」
「明日の朝であれば問題ないと思います」
「あと、サリヤさん……」

 スマルがまた口を開き、サリヤがスマルの方を見た。
 次の言葉を待つサリヤに、スマルは率直に自分の疑問をぶつけてみた。

「あんたの目的は何なのか、もう教えてもらえますよね?」

 サリヤはスマルの言葉に一瞬驚いたように目を瞠ったが、すぐに穏やかに微笑むとスマルの手を取って静かに言った。

「我が母国に豊かな実りある緑の大地を。それが私の望みよ、スマル。だから私は、ジンの羽根になる事を決めたの。星読みだからわかる。この大地の乾きは、我々の手ではもうどうする事もできない。だからずっと、この国を救える方法を密かに探っていたのよ。行き着いたのが、この国に封印されているという隣国の守護者、黄龍だったというわけなの」
「……ジンさんはその事を?」
「もちろん、知ってるわ。他には何か?」
「いえ、何も」

 スマルはそう言って、気まずそうにサリヤの手から逃れるように半歩下がった。
 サリヤは少し困ったような顔をしてからスマルに向かって頭を下げた。

「ありがとう、スマル。さっきの言葉、とても嬉しかったわ。いろいろ黙っててごめんなさいね」
「い、いや。俺は別に……」

 照れるというよりはむしろ困り果てたような顔をするスマルを見て、微笑むサリヤの笑顔は泣いているようにも見えた。

「じゃ、案内するわ。きちんとした客間を三つ用意させました。食事は部屋に運ばせましょうか? 今夜はゆっくりして下さいね」

 そう言って歩き出したサリヤについて、カロンも歩き出した。
 サクとスマルはユウヒの許に向かったらしいヨシュナとマヤンが気になったが、戻ってくる様子もなく、二人はカロンの少し後をゆっくりとついて行った。

 広間を出ると、そこは回廊になっていて、足下に施されたラスラン石と同じ白い玉の細工がすっきりと品が良くて美しかった。
 ただ押し黙って歩いていると、前を行くサクが不意に足を止めて振り返った。

「……どうした、サクヤ」

 スマルが驚いたようにサクの目の前で立ち止まる。
 サクは不機嫌そうな顔で、苛立ちを隠しもせずにスマルに言った。

「飯食ったらお前の部屋に行く。どうやらお前は肝心な事は何一つ話してないようだからな。悪いが全部聞かせてもらうから、そのつもりで待ってろ」

 それだけ言って、サクはまたすたすたと歩き出した。
 スマルは思わず苦笑して、ぼそりと小さくつぶやき、遅れないようにサクの後をついて行った。

「肝心な事は……ねぇ。何だろうな、これは前にも言われたような……あれは、いつだったかな……」

 膨大な量の記憶に現在の記憶が混ざり合って、時々自分の立っている場所すら見失いそうで恐ろしくなってくる。
 ルゥーンに来てからというもの、一人になるとすぐに自分を支配していたその不安が、サクと合流してから嘘のように止まっていた。

 自分が『器』となるにしても、そうでないにしても、翌日には黄龍を解放することになる。
 全てが動き出す朝を前に、今夜は長い夜になりそうだと、スマルは肩を竦めて前を行く二人の背中を見つめ、その後を追うようにゆっくりと歩きだした。