土使い


「お話はお済みかしら、ヨシュナ陛下」

 広間にその声が響き渡ったそのすぐ後だった。
 まるでその時を見計らったかのように三人の背後から女の声が聞こえてきた。

「このような輩と話すために、いったいどれだけ待たされれば良いのです?」

 一国の王を恐れるでもないその言い様にも驚いたが、それよりもスマルが驚いたのは聞き覚えのあるその声だった。

「まったく、ルゥーンの殿方というのはこういうものなのですか? 面白い見世物があるというから、兄の遣いなどという面倒な役目を引き受けたというのに」

 とても振り返ることのできる雰囲気ではなかったが、玉座の前の階段を軽やかに駆け下りたヨシュナが発した次の言葉で、それは確信となった。

「これはこれは、マヤン・ミラ王女。早速案内させる故、どうか、気を静めて」

 思わず声を上げそうになったスマルが口を抑えてどうにかごまかし、カロンが力なく苦笑する。
 姿を現した声の主は、服装のせいか雰囲気は随分と違っているように思えたが、やはり間違いなくあのマヤンだった。
 いつものようにガジットの民族衣装を身に着けてはいるが、色は鮮やかで丈も普段より長めに仕立てられている。

 不自然に思われないように目を逸らしている三人のところに、ヨシュナとマヤンの声だけが聞こえてくる。

「しかし……王女も物好きというか、囚人を見てみたいなどと……驚きましたよ」
「そうかしら? だって、王を騙って死罪になりかけた馬鹿な女なのでしょう? やっと助かったというのにまた捕らえられ収監されて……いったいどんな面をしているのか、気になるじゃない」
「余にはそのような趣向はないから理解はできぬが……他でもないガジットの王女様の頼みとあらば、応えて差し上げねばな」
「話がわかる王様でいいわ。さぁ、案内してちょうだい」

 声の聞こえ方からして、三人からはだいぶ距離があるようで、緊張を少し解いたスマルがカロンに言った。

「なんか、すごい事言ってんッスけど……大丈夫なんスか、彼女」
「……大丈夫です。こちらの話がうまくいったことを、ユウヒに伝えてくれるはずですよ」

 カロンはそう言って、またいつもの笑顔を見せる。
 サクはその顔を見て呆れたように言った。

「しかし……目的のためとはいえ、ガジットの王女というのはやりすぎじゃないのか、カロン」
「え? いや、それは問題ないですよ。彼女、嘘は言ってませんから」
「は!?」
「なんだって!?」

 スマルとサクが顔を見合わせると、カロンは満足げににっこりと笑った。

「正確にはガジットのミラという地方の領主の娘なんですが……あの国はずっと鉱石や玉の採掘の利権を巡って領地間の争いが絶えなくってね。で、マヤンの兄上が前領主の後を継ぎ、さらには……まぁ、要は何らかの仕組みが完成して、全てのとりまとめをその兄上が引き受けるとか、そんなところかな? 王を名乗ったかどうかはわかりませんけどね」

 さらりと事も無げに言うカロンに、スマルとサクは絶句した。

「まぁ、そんな感じですからご心配なく。羽根ではなくなりましたが、彼女は味方ですよ」
「大丈夫なのか、本当に」

 サクが訝しげに言うと、カロンは自信たっぷりに頷いた。

「もちろん。クジャに内政干渉しないようヨシュナに働きかける手筈になってます。ガジットは新王朝ではなくこちらに付きますから」
「彼女が裏切る心配はないんですか? 国が関わると王女とはいえ、個人の意見なんて……」
「大丈夫ですって、本当に」

 三人はぼそぼそと喋りながらも視線はヨシュナ達や周りを警戒し続けている。

「まったく。カロンさん、何を根拠にそんなに彼女を信じてやれるんです? いくら元自分の羽根とはいえ……」
「そりゃ、妻ですから」

 にっこりと笑ってそう言うカロンに、サクとスマルが固まった。
 驚きの声を上げそうになる一瞬手前で、カロンが人差し指を立てて静かにするように二人を制した。
 そうは言っても驚きの隠せない二人に、静かに頷いてカロンが言った。

「羽根として遣うようになった時には知らなくてね。いや、婚姻の約束の時もまだか。うちはクジャでも貴族とかって言われる部類の家柄だから、マヤンの家がどうこうって話にもなったんだけどね。素性がわかってからは、むしろ私の方がどうなんだろうって思ったり……でも結局は落ち着くところに落ち着いたというか。黙っててすみませんね」

 スマルとサクがまた顔を見合わせ、がっくりと肩を落として盛大に溜息を吐く。
 それを見たカロンは楽しそうに笑みを浮かべた。