土使い


「恐れながら申し上げます、陛下」

 そう言ったのはスマルだった。
 サクは心配そうにスマルを見た。
 スマルが一国の王を相手に大丈夫なのかという不安からではない。
 ヨシュナに話しかけたその声が、今まで聞いたこともないような冷たい響きを持っていたからだ。
 それにはカロンも気付いたようで、一見してわかりにくいが驚いた様子でスマルを見ていた。
 二人の視線を構いもせず、スマルはまっすぐ、玉座のヨシュナを見つめていた。

「けしかけるなどと仰ってはいるが、その解放すら出来ていないはず。いったいどうするおつもりなのですか」
「何?」

 ヨシュナの顔から笑みが消えたが、スマルは構わずそのまま続けた。

「黄龍を思うがままに動かすなど、この国の民にできるとは到底思えません。なぜそのような不確定なものを交渉の手段に用いるのか、理解に苦しみます」

 サクの背筋が凍りつく。
 任せると言った手前、真横に立つスマルの発言はサク自身でも避けるであろう強気なものばかりで、助け舟を出すどころか逃げ出したいくらいだった。
 スマルの言葉はまだ続いた。

「あなた方ルゥーンの民は、昔から黄龍を対クジャ戦略の切り札か何かのように考えているようですが、それは違う。黄龍が他国に力を貸し、クジャを滅ぼすなどあり得ない」

 そう言って、スマルは五行の考え方を含めてクジャの国の成り立ちを簡単に説明した。
 さらには四神によって国を追われ、現在の場所に封印されたその後も、クジャがかつてのままの繁栄を続けていられるのは、この地から黄龍がずっと力を送り続けているからだという事、その力を受け止める人間を介して、黄龍不在の今日でも、五つの力がその均衡を保っているという事も付け加えた。

「では自分がひどい仕打ちを受けたにも関わらず、黄龍はまだその自分を切り捨てた国のために力を尽くしていると?」

 ヨシュナが口を挿むと、スマルはゆっくりと頷いた。

「……そうです。異国となってしまったこの土地でずっと闘っているんです。たった独り、もう気が遠くなるくらい昔から……その黄龍を取り込もうなんて無理だ。それに、そもそもそういう事は全て黄龍を解放して初めてできる事であって、今の段階で黄龍をけしかけるなど絵空事でしかない」
「ぉ、おい、スマル」

 さすがに黙っていられなくなったサクがスマルの肩に手を置いて制したが、スマルはその手をゆっくりとした動作で払ってから言った。

「大丈夫だよ、サクヤ」
「……本当だろうな? もう話が俺のどうこうできる範囲じゃないぞ」

 サクの言葉にスマルが何か言おうとしたが、それはヨシュナによって遮られた。

「随分と好き放題言ってくれる。だが我々とて何も準備をしていないわけではない。確かに黄龍はまだ封印されているが、月の王を手に入れた。これで黄龍は我がルゥーンの手に落ちたも同然」

 そう言ってスマルを見下ろすヨシュナの表情が、少し前までとは明らかに変わっている。
 サクとカロンがそれに気付き、慎重に二人のやりとりを見守っている。
 どうやらヨシュナは口ではそう言ってはいるものの、今ルゥーン側にある条件の中、自力での黄龍解放は不可能であると判断したらしく、その目は明らかにスマルの出方を窺っている目だった。
 当のスマルもそれに気付いているのかどうか、何か迷いでもあるのか黙ったまま、俯いて逡巡している。

「どうした?」

 返事を催促するかのように、ヨシュナがスマルに問いかける。
 スマルはその声にぐいっと顔を上げ、ヨシュナをその双眸に捉えた。

 ――大丈夫なのか、スマル。

 心配そうなサクの視線をよそに、スマルは大きく息を吸って口を開いた。

「蒼月には黄龍を解放する力はない。だいたい、どこに封印されているのかすら知らないはずだ。なぜなら……それを知る人物はただ一人、黄龍と国とを媒介する存在、当代の土使いだけだからだ。その者だけが黄龍と繋がりを持ち、その存在を感じ、その力を解放することが出来る」

 その場の視線が全てスマルに集中している。
 ヨシュナは少し楽しげにも見える笑みを浮かべてスマルに言った。

「なぜそれがわかる? 妙に確信を持っているようだが?」
「それは……それは俺がその土使いだからだ。付け加えて言わせてもらえば、この国が気候とは関係なく乾いているのは他ならぬ黄龍の力のせいだ。黄龍はこの地に封印され、そして度重なる戦の末に国からも切り離されてしまった。クジャを成り立たせるために放出されている黄龍の膨大な土属性の気によって、この国の大地の力が不必要に高められてしまっているために今のルゥーンはこのようになってしまったんですよ」

「なん……だとっ!?」

 驚きと怒りの入り混じった感情を露わにし、ヨシュナが椅子の手すりを叩いて立ち上がると、スマルを庇うかのように、カロンとサクが立ちはだかる。

「陛下。蒼月の拘束は無意味です、我々にお返し下さい。黄龍無しでクジャの新王朝に交渉を切り出しますか? それこそ無意味だ。現在クジャでは内部の混乱を防ぐためにと軍備面が強化されている。各州同士の連携も取れて、それぞれの州に航空騎兵も配備されたと聞く。白州が手に入らないばかりか、無駄な犠牲を増やすだけで得られるものなど何もない」

 話をやめる気配のないスマルに、ヨシュナの顔が歪んだ。