「お前達がサリヤの言っていたクジャの人間か」
艶のある、それでいてとても力強い声が頭上から落ちてくる。
三人は今一度丁寧に拝礼する事で、その問いに応えた。
「月の王ならば諦めろ。返すわけには行かぬ」
交渉どころか、ご機嫌伺いの挨拶すら待たずに、王の口から明確な拒絶が伝えられる。
だがここで退くわけにも行かず、サクは袖に隠れた掌を強く握り締め、たまらず立ち上がった。
他の二人もつられるようにゆるゆると立ち上がる。
口を開いたのはサクだった。
「恐れながら陛下、お聞きしたい事がございます」
いきなり言葉を発したサクに対し、王の側に控える側近らしき男がその顔に不快の表情を浮べて言った。
「無礼な! まだ発言の許可は出ていない。お許しがあるまでは……っ」
「良い」
側近の男の言葉を、王自らが遮った。
視線だけを側近の方に移した王のその顔には余裕の笑みすら浮かんでいる。
「ですが陛下……」
「構わぬ。そのような事をしていては、話がいつまで経っても進まぬ」
「しかし……」
「それに、余はこの者達と少し話がしてみたい。正式な王も即位したというに、何故そこまで罪人として追放された月の王を欲するのか……聞いてみたい」
戸惑いを隠せずにまだ何が言いたげな側近を軽く手を上げて制すると、王はまた視線を戻して口を開いた。
「続けろ」
静かだが有無を言わさない王の言葉に、サクも無礼を承知で話を続けた。
「陛下が仰るところの月の王、いったいどうなさるおつもりか、お聞かせ願えますか?」
臆することなく、目すら逸らさずに話すサクを興味深げに目を細めてヨシュナが見つめる。
頭から被っている大きな布を邪魔そうに後ろに払うと、長く伸ばした漆黒の髪が肩からさらさらと落ちた。
下から見上げたヨシュナの顔は笑っているようにも見えた。
「クジャとの交渉に使う。わかってはおるのであろう?」
三人ほぼ同時に小さく息を吐いた。
「お前達、この国をどう思う?」
唐突に切り出した王の言葉に、三人は戸惑った様子で顔を見合わせる。
「どう、とは?」
サクが聞き返すと、ヨシュナはまるで用意していたかのように話し始めた。
「我が母なるルゥーンは、お世辞にも豊かであるとは言えぬ。その大きな理由は国土のほとんどを占める茶色の大地だ。気候は温暖で雨も降る。だがこの国では作物がほとんど育たぬ。大昔は豊かな緑の大地が拡がっていたと聞く。だが今では……なぜだ? 星を読み暦を作り、識者にも力を借り、あらゆる努力を続けている。にも関わらず、大地の乾きだけはどうすることもできぬ」
神と崇める人間すらもいる存在であるこの国の王は、奇跡などを待つのではなく、どこまでも現実を見つめていた。
「明日をも知れぬ不安を抱えながら、それでもこの国の民は余のために尽くしてくれる。ならば余は何をもってそれに応える? 手段を選んでいる余裕などないのだ。余は民の命を預かっている」
そこまで言うと、ヨシュナはサク達の出方を伺うかのように黙って小首を傾げた。
王は答えを待っている。
サクは意を決して口を開いた。
「では我々の蒼月をもって、何をクジャに要求されるおつもりですか?」
ヨシュナの顔が僅かに歪んだが、答えはすぐに返ってきた。
「白州だ。クシャナ川沿いにあるあの豊かな土地だ。クジャの中ではさほど富んでいるとは言えぬあの土地も、我々にとっては確実な収穫を見込める重要な場所なのだ」
この言葉をあえてサクは聞き流さず、確認するように言った。
「恐れながら陛下。新王朝が発足早々にそのような条件を呑むとは思えませんが」
サクがそう返すと、ヨシュナはその言葉を待っていたかのように言った。
「無論だ。だから月の王を使ってクジャの国内を混乱に陥れようというのだ。お前達がそのように動いているということは、真の王の即位を待っている者も少なくはないのであろう? その者達に月の王を与えるのだ。中には血の気の多い者達もいるだろうしな」
愉快そうにそう言って、ヨシュナは小さく笑った。
混乱を避けるべく今まで動いていたサク達にとって、ヨシュナの言葉は想定内ではあったが許せるものではなかった。
「それでも……白州一つという条件を呑ませるのは難しいのではありませんか?」
サクはこみ上げてくる感情を押さえつけて言葉を絞りだす。
ヨシュナはその様子をただじっと見つめていたが、サクの問いには答えてきた。
「まぁ、難しいだろうな」
当然だろうと言いたげなその物言いに、スマルが無意識に息を呑んだ。
スマルの変化に、サクもヨシュナの次に続く言葉が何かを理解した。
――黄龍、か。
サクがスマルの方に視線を投げると、やはりスマルもサクの方を見ていた。
二人の意味ありげな目配せに興味を抱いたのか、ヨシュナはすぐに次の言葉を継いだ。
「察しがいいな。そうだ、黄龍をけしかけると、そう伝えるつもりでいる。話しても聞かぬならば実力行使ということだ。白州を諦めるわけにはいかぬ」
ヨシュナはそう言うと、満足げに笑みを浮かべた。