土使い


「お二人とも、見えますか?」

 二人の視線がカロンが指差す先を見つめる。

「前方、あれがルゥーンの王宮ですよ」

 そこには見慣れぬ形の白い大きな建造物が、茶色の景色の中に浮かぶように建っていた。

 周りをどうやら大きな城壁が囲んでいるようだが、その規模はクジャのそれとは比べ物にならない程に大きい。
 砂の堆積を避けるため、ルゥーン様式と呼ばれる丸みを帯びた独特な形に造られた屋根が、日の光を受けてきらきらと輝いている。

 近付くにつれて全貌が見えてくると、どの建物にも繊細なモザイクが施されているのに気付く。
 その繊細な美しさに思わず見とれて息をのむ。
 いったいどれだけの人間が、この王宮の建造に携わったのか、どれほどの月日を要したのか、この国における王の権威の程を思い知ることとなった。

「これは……想像以上だな」

「あぁ」

 思わずこぼしたサクの言葉にスマルが頷く。
 前方のカロンが地上に降りるように合図をし、三頭の騎獣は立ちはだかる白い門の前に静かに降り立った。

 するとすぐ様、ずっと気配を警戒していた門番らしき兵士が数人駆け寄ってきた。
 騎獣を降りた四人はそれぞれに、砂避け布の下で簡単に身なりを整える。
 剣の一つも突きつけられるかと思い、密かに剣に手をかけていた三人だったが、予想に反して兵士達は好意的と言ってもいいほどの丁寧な物腰で語りかけてきた。
 そしてその第一声で、その兵士達の態度の意味を思い知ることとなる。

「おかえりなさいませ、サリヤ様」

 兵士の声にサリヤが軽く手をあげて微笑んだ。
 サクとスマルは思わず顔を見合わせた。

 ――様、だって!?

 二人は訝しげに顔を歪めた。
 それに比べてカロンは落ち着いた様子でサリヤに付き従っている。
 だが背後の二人の視線に気付いたのか、カロンとサリヤは同時に後ろを振り向いた。

「この国での星読みの地位は、政を行っている大臣達のそれと同等なんだよ」

 カロンがそう言うと、サリヤは静かに微笑んでまた門の方に向き直り、兵士達に言った。

「客人をお連れしたの。通してもらえるかしら? 陛下には話が通っているはずよ?」 

 サリヤの言葉に兵士の一人が何か書き付けのようなものを確認して口を開いた。

「では、この者達はクジャの?」
「えぇ、そうよ。わかったら通して」
「かしこまりました。では、サリヤ様はこちらへ。そして……おい、お前達! お前達は私が案内する、ついて来い」

 その言葉にサリヤがあからさまに不快な顔をして兵士を呼び止めた。

「あなた、私は客人と言ったはずよ? それとも聞こえなかったのかしら」

 サリヤの言葉に兵士の顔が蒼褪める。
 途端に落ち着きがなくなり、態度が豹変した。

「も、申し訳ございませんでした。あの、どうぞこちらへ……」

 その変貌ぶりにスマルとサクは思わず苦笑し、カロンは何かを確認するようにサリヤを見た。
 どうやら星読みの地位というものは相当に高いらしい。
 サクとスマルは顔を見合わせ、今さらのように肩を竦めた。
 騎獣を他の兵士達に荷物ごと預けた後、三人はサリヤと別れ、城の中を案内されるがままについていった。

 城の中の造作はどれもが驚くほど大きく、そして何よりも美しかった。
 全てルゥーンの北部、ラスラン地方特産の白いラスラン石で造られており、その表面にはさらに北方の山岳地帯の国、ガジットから入ってきたものと思われる青色を基調とした玉でモザイクが施してある。
 建造物の大きさには不似合いかと思えるほどに緻密で繊細なその幾何学的な模様は、廊下の壁、天井、あらゆる場所に規則正しく描かれていた。

 三人が案内されたのは、大きな広間のような場所だった。
 どうやらここが謁見の間ということらしい。
 天井も呆れるほどに高く、正面にはやけに角度のついた階段があって、その上には同じように白いラスラン石で作られた大きな玉座があった。
 玉座の座面には金糸で縁取られ、その四隅に大きな房をつけた紅い敷布がかけられている。

 その色、真紅が意味するのは血、血の色の赤。
 そこにある全てを護り抜くために流された多くの血を示す真紅の布は玉座に掛けられ、この国の王はその上に腰を下ろすのである。
 戦いの歴史、流された先人達の血の上に今がある事を王は消して忘れない。
 どうやらそういう意味があるらしい

「こちらでお待ち下さい。すぐに陛下がお見えになります」

 案内をしてくれた兵士は、それだけ言うとそそくさとどこかへ行ってしまった。
 だだっ広い空間に取り残された三人は、思わず顔を見合わせて苦笑した。

「すごい部屋ですね、ここ」

 サクが思わずそう言うと、スマルも頷いて言った。

「玉座があんなに高い場所に……俺達の声はあそこまで届くのか?」
「さぁ? どうでしょうねぇ。でもあまり大きな声を出しても反響してしまいそうですし、大丈夫でしょう……たぶん」

 カロンが人当たりの良さそうな笑顔でそう言うと、スマルとサクは大きな溜息を一つ吐いた。