土使い


 二人の様子にカロンは思わず笑みをこぼす。
 そして困ったような顔をして、そのまま続けた。

「いえ、そんな大したことではないんですが……あちらに着いてから、もしも予定通りであれば我々の知った顔がルゥーン王のところに来客として来ていると思うんです。ですが、その……」

 珍しくカロンが言葉に詰まる。
 スマルが不安そうにカロンに言った。

「何か、あるんですか?」
「いえ、そういうわけでは……あの、すみません。その……マヤンが、おそらくあちらにいると思うんです。ただ、もし彼女を見かけても、知らないふりをしていただきたいのです」
「知らないふり、ですか……それだけでいいんですか?」

 サクが問い返すと、カロンは頷き、そのまま続けた。

「それだけです。知り合いという事に気付かれないようにして下されば……」
「そうですか。わかりました」
「わかりました」

 カロンの言葉にスマルとサクはそう返事をした。
 そのまま連れ立って外に出ると、鞍と荷物をすでに括りつけられた騎獣が三頭、サリヤと共に三人が出てくるのを待っていた。

「遅くなってすみません」

 カロンはそう言って、サリヤが手綱を持っている騎獣に近付いた。

「私がサリヤを乗せて飛びます。お二方はご自分の騎獣に……」

 そう言いながら自分は騎獣の背に乗り、そこで手を伸ばしてサリヤを自分の後ろに引き上げて座らせ、サクとスマルも次いでその大きな獣にそれぞれ騎乗した。
 手綱をくいっと小さく引くと、興奮しているのか、騎獣達は前足を高く上げ、その後大きく数回鼻を鳴らした。
 二人の準備が整ったのを横目で確認すると、カロンがまず騎獣の首を空に向ける。
 砂の大地を強く蹴って、勢いよく宙を駆け始めると、サクとスマルもそれに続いた。

 一緒に乗っているサリヤを気遣ってか、上空まで上がった後は、やや速度を落としてカロンは流すように駆け始めた。
 そのおかげでサクとスマルは王にあってからの話の進め方をじっくりと話す時間ができた。
 スマルはこの国の砂漠化と、黄龍の関係についての話をした。
 サクはそれを黙って聞いていたが、スマルが『器』と呼ばれている問題をのぞけば、スマルの意見に概ね同意した。

「問題はユウヒだな」

 スマルが全てを話し終えたのを見計らって、サクが少し心配そうな声でつぶやいた。
 サクのつぶやきにスマルも小さく溜息を吐いて言った。

「だろうな。今、あいつが何をどう考えてんのか……あいつはずっと風の民だったから、何かに執着するってことに慣れてない。それが自分の夢や何かだとしても、だ。ましてやいきなり運命だの何だのって王様に担ぎ上げられたんだ。その場に踏ん張り続けるってのは、相当骨が折れるんじゃねぇかな」

 幼馴染みであるからこそわかるスマルの言葉だったが、サクは少し不思議そうに問い返した。

「でも諦めるとかやめるとかっていう選択肢は考えてなさそうだったけどなぁ。お前、心配しすぎなんじゃないか?」
「……かもな、自分でもそう思うよ」

 自嘲するようにスマルが笑うと、サクはなぜか納得したように微笑み返した。

「んなぁっ!?」

 その顔を見たスマルが面食らったように間抜けな声を上げる。
 サクはその声に驚いてスマルに言った。

「なんだよ?」
「俺に微笑み返してどうすんだ、お前……気持ち悪ぃぞ、サクヤ」

 気持ち悪いとまで言われて、サクが不満そうな顔をして口を開く。

「心外だな、気持ち悪いはないだろう。いや、お前がそれだけ心配してやってるから、ユウヒもあんな無茶をするんだろうな、と思ってな」

 とても愉快そうにそう言ったサクに、スマルが戸惑ったように言った。

「なんだそりゃ、どういう事だ?」
「んー、そうだなぁ。例えばほら、高い木に上ろうとした時、普通落ちたらどうしようとか考えるもんだろう? ただ落ちた時に絶対に受け止めてもらえるってわかっていたら、多少無理してでも、より高い枝に登ろうとするじゃないか。そういう事だよ」
「あぁ……なるほどな。そういう事か。うまい事言うな、サクヤ。確かにそんな感じかもしれねぇな、俺は。でもな……」

 スマルがどこか寂しげな表情をして、サクの方を見た。

「ん?」

 言葉の先を催促するようにサクがその視線を捕らえると、スマルは静かにぼそっとこぼした。

「そういう例え話で言うんならさ、俺はあいつがいる場所よりもっと高い枝から、あいつならできるって信じて疑いもせず、手ぇ伸ばして引っ張り上げてやれるお前のことが、なんかちょっと……羨ましかったりするんだけどな」

 スマルのその言葉にサクは驚いたように目を見開いた。

「俺が、か? 考えた事もないな、そんなの……」

 サクの表情を見る限りその言葉に嘘はなさそうだが、スマルは続ける言葉を思いつけずに黙ったままだ。
 気まずいような沈黙が一瞬だけ流れたが、それは前方をいくカロンの一言ですぐに破られた。