次に目を覚ました時、洞穴の中はサリヤの用意した雑炊のいい匂いが充満していた。
スマルが朝の挨拶と共に声をかけると、振り返ったサリヤとすでに起きて身支度を整えていたカロンが笑みを浮かべた。
「おはようございます、スマル。サクを起こしてもらえますか?」
カロンに言われてスマルがゆっくりと立ち上がった。
「わかりました。あの、今日は食事の後すぐに発つんですか?」
一晩中硬い地面に寝転んでいた体は、痺れたような鈍い痛みを伴っている。
伸びをして、体を捻り、まだ半分寝ぼけている体を無理矢理に目覚めさせる。
そしてまず地面に手をついて、昨夜行った術を解除する。
通常の状態に戻った地面は、それでもまだ熱を持って少しだけ暖かかった。
「おい、サクヤ。起きろ」
まだ眠っているサクヤをスマルが揺り動かすが、全く起きる様子がない。
うつ伏せになって寝ているその肩をいくら叩いても、やはり同じだった。
「サクはただでさえ起きませんからね。疲れ果てていたし、ちょっとやそっとでは起きませんよ。頑張って下さいね、スマル。早く起こさなければ、あなたまで食いっぱぐれてしまいますよ」
「えぇ!? そんな、冗談じゃねぇ。じゃやっぱりすぐ出るって事ッスね?」
「そのつもりですよ。だから急いで起こして下さいね」
「わっかりました! おいっ! サクヤ!! サクヤ、起きろってば!!」
必死になってサクを起こし始めたスマルに、カロンとサリヤが顔を見合わせて笑みを浮かべる。
程なくしてやっと起きたサクと共に、スマルは急いで朝食を食べた。
周りの支度をサリヤとカロンがやってくれているのをいいことに、サクはルゥーンに入ってから何があったのかをスマルから聞きだし、疑問に思ったことはその都度スマルに聞き返した。
二人の食事が終わってもスマルの話は続いていたが、ユウヒが連れ去られた話を聞いた途端に、サクは立ち上がり準備のために動き回っていたサリヤの事を呼び止めた。
「はい。えっと、サクさん、だったかしら?」
「サクで結構です。一つ確認したい事があるんですが。今、少しだけ……よろしいですか?」
サリヤの視線を感じたカロンが振り向き、確認するかのようにゆっくりと頷いた。
それを見て、サリヤは手にしていた荷物をその場において、サクの側までやってきた。
「はじめまして、サリヤ。私は宮仕えをしているサクという者です。早速ですが……確認させて下さい。あなたがジンの羽根というのは、間違いないですね?」
サリヤがにっこりと微笑んで頷くと、サクはそれに応えるようにゆっくりと頷いて言った。
「では、進む方向は同じと判断しますので、ここから先もよろしくお願いします」
「……わかりました」
サリヤはそう言って軽く頭を下げ、また自分の作業に戻っていった。
それと入れ違いに背後から近づいてきたスマルがサクに声をかけた。
「いいのか?」
サクは振り返り、出発の準備をするようにと促してから、スマルにその理由を説明した。
「構わないと思う。確かに彼女には黄龍の解放とか蒼月の即位だとかいうものは関係ない。でもおそらくそこに至る経過か、あるいは結果的に得られる何かが彼女の目的なんだろう。俺達と全く同じものを見ていなくても、思い描いてるもんが違っても、欲しいもんを手に入れるためには俺達に協力するのが得策とか、まぁ、そんなところだろう」
「そういうことか……何を考えているのかはわかんねぇけど、あんたがそう言うんなら間違いはねぇんだろうな」
「随分と信用してくれてるようだな、俺のこと」
身支度を済ませ、身の回りを片付ける手を休めることもせず、サクはそう言って笑った。
改めてそう言われると、自分の発した言葉に妙な気恥ずかしさを感じないでもなかったが、スマルはサクの言葉を確認するように頷いてから言った。
「俺が何となく思ってたことを言葉にして言ってもらえたからな。ジンさんの羽根なんだって、それだけで信じるに値するんだけど、なぜって根拠をうまく形にできなくてさ……すごく感覚的なもんだったから。だからすっきりしたよ」
サクはスマルの言葉に耳を傾けながら、自分の作業を続けている。
スマルは少し躊躇うように言葉に詰まり、そしてまた話し始めた。
「なぁ、サクヤ。まだはっきりと決まったわけじゃねぇんだけど、黄龍の解放の時、もしかしたら俺さ、俺じゃなくなっちまうかもしんねぇんだよな」
黄龍から『器』と呼ばれるようになって以来、ずっと思ってはいても言えなかった言葉をスマルは初めて口にした。
その言葉にサクの手がぴくりと止まり、視線がスマルの方に投げられる。
「どういう意味だ?」
「うん……」
その視線から逃げるようにスマルは自分の手もとを見つめて、また口を開いた。
「ここんとこずっと『器』って呼ばれてんだよ俺、黄龍から。その言葉だけで何となく想像できちゃうだろ? あくまでも想像、だけどな」
「お前……」
「でさ、黄龍の解放にそれが必要って言うなら、俺は別に器でも何でも構わねぇと思ってるんだよ。ただ、その後の事とか思うと……ちょっとな……」
「……ユウヒ?」
当然のように聞き返されて、スマルは思わず苦笑する。
「……まぁ、そんなかんじ」
適当な返事をして、スマルはまとめた荷物を担ぎ上げた。
そんなスマルを逃さないとでもいいたげにサクが言葉を継いだ。
「彼女は? ユウヒは知ってるの?」
スマルはばつが悪そうに顔を歪めた。
「あぁ。そう呼ばれてるってのは言った」
「そうか……」
「あ、でもさ、サクヤがいて良かったよ。なんか俺だけで考えてもどうにもなんねぇ気分だったけど、お前、俺より頭がいいからさ。先の事とか考えるのは、お前にまかせておけば大丈夫って、何かそんな気がすんだよな」
スマルがそう言うと、サクは呆れたように笑って言った。
「どういう意味だよ。それにお前だって頭は悪くないじゃないか。でもまぁ、まさかこれだけ気が合うとは思わなかったしな。俺も、お前みたいな感覚人間が近くにいると何かとやりやすいよ」
そう言ってサクもまた荷物を担ぎ上げる。
頃合を見計らって様子を見に来たカロンが、準備を終えているのを確認して近寄ってきた。
「もういいみたいですね。じゃ、行きましょうか」
そう言って数歩歩いたところで思い出したようにカロンが立ち止まる。
「謁見前に決めておきたいことがあれば、道中お二人で相談しておいて下さい。あと、あちらに着いてからなんですが……」
カロンが言葉を探すように小首を傾げると、スマルとサクは何ごとかと顔を見合わせた。