よほど疲れていたらしく、サクは起きる気配すらない。
伝えなければならない事はたくさんあったが、とりあえずはしばらくサクを寝かせることにした。
サクが静かな寝息をたて始めた頃、洞穴の空気が突然きんと張り詰めるように変化した。
どうやら結界が張られたらしい。
すぐにカロンとサリヤが姿を現した。
「サクはどう?」
そう言って、そのまま真っ直ぐに近付いてきたカロンが、サクを挿んだ向かい側に腰を下ろしてサクの脈などを確認している。
「うん……大丈夫そうですね。何にせよ、倒れたのがこっちに来てからで良かった。城で倒れられたら、それこそ面倒な事になってたかもしれない」
「え?」
言うだけ言って立ち上がったカロンに、スマルがふと浮かんだ疑問を投げかけた。
「それって……最初からサクヤはこっちに来ることになってたって事ッスか?」
纏っていた砂避け布をサリヤに渡し、戻ってきたカロンがまた腰を下ろした。
「そうだよ」
そう一言で答えて、手にしていた竹筒の水を美味そうに喉の奥に流し込む。
はぁっと大きく一息吐くと、カロンはまた口を開いた。
「黄龍を解放するのにね、約束なんだそうだよ。君とサク、そしてユウヒの三人で行かないと駄目だとか……違うんですか?」
「え? いや、えっと……それは誰から?」
「ジンがそう言われたそうですよ、ユウヒに」
スマルは少し考え込んで、また続けて話を続けた。
「わかりました。それと、あの人。信用していいんですか?」
スマルが視線だけでサリヤを指し示す。
カロンはわざとらしく思えるほどににこりと笑って言った。
「ジンの羽根ですよ? まぁお互いの利害が一致してこその翼と羽根ですからね、それを実現する手段や何かは多少難儀する事もあるでしょうが、でも大丈夫と思っていいと思いますよ」
「ユウヒが連れ去られた事にも一枚咬んでるっぽいし、なんかどうもね……」
困ったような顔で頭を掻くスマルに、カロンは問いかける。
「それでも一緒にいるという事は……と、いうことでしょう?」
返事を促すように視線を投げかけられると、スマルは観念したように大きな溜息を吐いた。
「まぁ、ね。だってジンさんが出し抜かれるとか、ないでしょう。どう考えても」
「あはははは、そこですか。まぁ理由は何でも、それで信じていられるのならば良しとしましょう。得られる結果は同じです。サリヤを羽根として使うからには、ジンだってそれなりの準備をしているでしょうしね」
「そうッスよね。まったく……ジンさんって何なんッスかね、ホント。どこまで計算なのか、頭ん中どうなってんでしょうね、あの人」
「まぁ胡散臭いのは否定しませんけどね。特にユウヒがらみの事に関してはね、らしからぬ行動に出たり、こっちも楽しんでますよ」
その言葉とは裏腹に、カロンの顔に一瞬浮かんだ意地悪そうな微笑に気付いて、スマルはもう一度盛大に溜息を吐いた。
「胡散臭いのはカロンさんもでしょ。明らかに今の、俺で遊んでるしね。皆が好き勝手言ってくれるから、俺もいいかげん開き直りましたよ」
「へぇ……それはちょっと、つまんないですね」
そう言ってまたいつもの笑みを浮かべると、カロンはおもむろに立ち上がった。
「じきに日が暮れます。今日はもう城へ行くのは無理でしょう。サクもこんなだしね、彼の頭が回らないようじゃルゥーン王の前になんて行けませんから。スマル、彼が寝ているうちに私達も眠っておいた方がいいでしょう」
「……わかりました」
スマルはそう返事をして、サクにかけてある毛布をかけ直してやると、そのまま洞穴の中央にある焚き火のところに歩み寄った。
「サリヤさんはどうします?」
火の番をしているサリヤにスマルが声をかけると、サリヤは首を横に振って言った。
「私は星読みですからね、実を言うと普段はほとんど昼夜が逆転しているような生活をしているの。だからここはいいわよ、スマル」
「そうですか。じゃ、お願いします」
そう言ってスマルは頭を下げ、自分の荷物の側に砂避け布を敷き、その上に横になる。
スマルの気配に、目を閉じていたカロンが声をかけてきた。
「そういえば……スマル?」
「はい?」
スマルが少し体を起こすと、カロンは横になったままでスマルの方を向いていた。
「君、いつの間にサクの事をサクヤと? 随分仲良くなったみたいですね」
「あぁ、それですか。いや、城にいる時にはやはり話す事も多かったですし、ユウヒが捕まった後はもう毎日ずっと一緒でしたから」
「そう。でもそれだけであいつがそこまで心を開くって、嘘みたいでね。いや、珍しいっていうだけの話なんですけどね……」
別にどうでもいいことで絡んでくるカロンの様子を見て、さきほどユウヒのことで少しからかったのをカロンが気にしているらしい事にスマルは気付いた。
思わずこみ上げる笑いを噛み殺してスマルは言った。
「俺達にはユウヒみたいなはっきりとした魂の記憶っていうのはないんッスけど、そういうの、なんですかね。どうもサクヤと話をしていると、気を遣っている事に違和感を覚えるというか……それはどうやらサクヤも同じらしくて」
「ふぅ〜ん……面白いね、それ」
カロンの返事に、スマルはそのまま話を続けた。
「最初は俺もサクって言ってましたけど、あっちから言葉使いや何かを普通でいいって言い出して……で、名前もね、サクヤって言えって。なんか俺にサクって言われるとなぜかわけもなく腹が立ってくるらしくて……で、それからはサクヤって呼んでます」
「魂の記憶ねぇ……俄かには信じがたいけど、君達を見ているとそういう不思議なこともあるんだろうなって思えてくるから、面白いですね」
「そう、ですかねぇ。でもまぁ、楽ですよサクヤといるのは。昔から知っているような……そんなかんじなんです」
スマルの言葉にカロンが頷くのを見て、スマルはそのまま横になった。
冷たい地面に熱がどんどん奪われて、体が次第に冷えていく。
スマルは手を伸ばして地面に手をつくと、古の言葉を小さくつぶやいた。
焚き火の炎の熱が、少しだけ地面に伝わって流れ始める。
それに気付いて周りをきょろきょろと見回すサリヤと目があったスマルは、あったかいでしょ、と一言告げて、そのまま向きを変えて眠りについた。