倉庫 防音工事 11.土使い

土使い


 強い風に、細かい砂粒が吹き飛ばされている。
 それはまるでどこまでも続くススキ野原のように波打ち、ゆらゆらと白く煙っている。
 刻一刻と姿を変えていく砂漠は、ほとんど音のない静寂の世界だった。

「大丈夫ですか、サク。あともう少しですから」

 前方を駆けるカロンが、サクを気遣い、振り返って声をかける。
 サクは軽く手を上げて応えるのが精一杯だったが、騎獣から下りて休む気にはなれなかった。

 ルゥーンの王によってユウヒが拘束されたという知らせを受け、最低限の持ち物だけでサクは城を発った。
 ジンの店に寄っていく余裕はないと判断して、直接ルゥーンにその鼻先を向けて宙を駆け出したサクは、途中、ジンに言われてやってきたと思われるカロンと合流した。
 上空は気流が乱れ、騎獣と、騎乗している人間達の体力を容赦なく奪っていく。
 砂粒の混ざった風には辟易したが、地面に近い低空を駆けていくことを選択した。
 事の成り行きを話そうにも、口許を覆う砂避けの布を下ろすことができない。
 二人は休むことなく、砂漠の国をひたすら西へ向けて走り続けた。

 ――あぁ、何だか吐きそうだ……。

 サクは一人、自嘲するように顔を歪めた。

 ――想像以上に体が鈍っているのか。全く、我ながら情けない。

 もう城を出てからずっと走り通しだった。
 騎獣の速く大きく脈打つ鼓動が足を通して伝わってくる。
 はぁはぁと呼吸も荒く、時折嚥下しきれない涎が、開いた口の端から垂れて流れている。
 後ろに持っていかれそうになる体を必死に支えながら、サクは手綱を握り締めて、霞む目で瞬きを繰り返した。

 思えば即位の儀の準備に追われ、このところ休みらしい休みを取っていない。
 それ以前はユウヒの処分緩和の対応に追われていて、おかげで体は疲れ果てていた。
 前を行くカロンはサクを気遣う様子は見せても騎獣の足を緩めようとはしない。
 無論、サクもそれで構わなかったが、久々の遠乗り、しかも休憩すら取らない強行軍は、さすがに弱音の一つも吐きたくなる気分だった。

 しばらくすると前方に大きな岩が見えてきた。
 おそらくスマル達とそこで落ち合う手筈なのだろう。
 カロンがそこへ向かう事を手の合図を使って伝えてきたのを確認すると、サクは砂避け布の下で小さく安堵の吐息を漏らした。
 近付くに連れて、その岩がいかに大きなものであるかを思い知る。
 砂を巻き上げて二頭の騎獣が大地に降り立つと、気配を察したのか、亀裂のように見える岩の大きな隙間から男がひょっこり姿を現した。

「早かったッスね。大丈夫ッスか?」

 ゆっくりと近付いてくるその男の背後に見知らぬ女が立っている。
 騎獣から降りて声をかけようとしたその時、サクの視界がぐらりと大きく揺れた。

 ――ぅぁ……っ!?

 足に力が入らない。
 その場に崩れ落ちたサクは砂の上に手をつき、大きく息を吸い込んだ途端に猛烈な吐き気に襲われた。
 何者かに頭を握り潰されそうになっているようなひどい頭痛と共に、サクはこみ上げてくるものをたまらず全て吐き出した。

「無理をさせましたね、サク……」

 駆け寄って背中を擦りながらそう言ったカロンの声が妙に遠く感じられる。
 吐瀉物にまみれてしまった自分の手が視界に入ったのを最後に、サクの意識は暗闇にストンと落ちた。
 がくりと倒れこんだサクを見て、心配そうにスマルがカロンの横に腰を下ろす。

「サクヤ、どうしました?」
「大丈夫。疲れ果ててるところに相当無理をさせちゃいましたからね。気を失っているだけですよ」

 そう言ったカロンの顔に、スマルを安心させるかのようにいつものあの笑みが浮かぶ。

「スマル。こいつを中に運ぶから、ちょっと手伝ってもらえるかな」

 サクを抱えるようにして立ち上がったカロンと、その反対側に回り込んだスマルがサクを支え、二人はゆっくり歩き出した。

「サリヤ! ここの後始末を頼みます。あと、念のため結界を張って入り口を隠しますからその準備を。騎獣ももちろん結界の中へ、術は……私がやります」

 事の次第は全て知っているはずのカロンが、躊躇いもせずにサリヤを使っているのにスマルは少し驚いたが、やはりジンは全てわかった上でサリヤを羽根として使っているのであろうという確信を得ることができた。
 何も知らされずにいるのも、全ては何か考えがあっての事だろうとは思っても、やはり気分的にどこか苛立ちを感じずにはいられない。
 だがそれを口にしたところで何か進展があるわけでもなく、岩の中にある洞穴の中にできた大きな空間までサクを運ぶと、砂避け布を敷いたその上にサクを静かに寝かせて、スマルは迷いを振り切ろうとでもするように大きく一つ伸びをした。

「痩せてるわりには案外重たかったですね。まぁね、大人の男ですから。重たいのも当たり前なんですが……」

 スマルの内面を気遣うかのように、どうでもいいような言葉をぽろりと零して、カロンはサリヤを手伝うからと、また外に出て行った。
 残されたスマルは地下から汲み上げたという水を貯めた桶で手拭いを湿すと、サクの傍らに腰を下ろし、汚れてしまったサクの顔や手を丁寧に拭いてやった。