「おはよう。朝早くからご苦労様……サク? どうしました?」
にこやかに微笑んでいた顔が一瞬で曇り、ショウエイがサクに駆け寄った。
「いったい何があったのです? ん……これは…………」
サクの手に小さな紙片が握り締められていることにショウエイは気が付いた。
ショウエイは立ち上がり、小さな小箱を持って奥の間に消え、またすぐ顔を出すと奥の間への入り口に簡単な封印術を施してからサクの傍らに戻ってきた。
「ジンは何と言ってきたんです?」
椅子に座っているサクの足許に跪くような恰好で、ショウエイは小さくサクに問いかけた。
サクの眉間に皺が刻まれ、その顔をショウエイの端整な顔がのぞき込む。
その整った顔にサクはハッとしたように目を瞠り、目下の自分の方を見上げるショウエイに椅子を譲って自分がそのすぐ側に膝をついた。
ショウエイはサクのその態度に小さく笑みを浮かべ、そしてゆったりと顔を傾けてさきほどの問いに対する答えを催促した。
「……ユウヒが拘束されたそうです」
すぐ横にいるショウエイにすら聞き取るのがやっとの小さな声でサクは言った。
ショウエイは扇を少しだけ開き、それで口許を隠すようにして問い返した。
「いつ? 誰に?」
「ルゥーン王だそうです。時期はわかりません」
「そう」
ショウエイの顔が曇り、サクを見つめたまま動きが止まる。
「他には?」
言葉少なに問い返すショウエイに、サクも端的に答えた。
「俺に、ルゥーンに来いと。スマルが言ってきました」
「……そうですか」
ショウエイがパシッと音を立てて扇を閉じる。
その眼光は鋭く、ショウエイが既に答えを出している事を物語っていた。
「わかりました。サク、行きなさい。こちらは私がやっておきます。城の者達には過労とでも言っておきますから、あなたは急いでスマルと合流なさい」
「ショウエイ殿……」
「あちらの状況はさすがにわからない事が多い。だが迷っている時間は恐らくないはずです。ジンもこうなるとわかっていたから、春大臣である私を羽根にしたのでしょう。だからサク、あなたは行くべきです」
「ですが……っ」
「サク、こちらは大丈夫だと言っているんです。それともこの期に及んでまだ偽王のために動きますか? 時が満ちたというのがわからないあなたではないでしょう。行きなさいと言っているんです。それとも……あとを任せるには、私では役不足だとでも考えているんですか?」
ショウエイの整った綺麗な顔が怒りに歪む。
「そのような事は考えておりません。では、私はこれで……」
急に力が抜けて情けない表情を浮べたサクがショウエイに申し訳無さそうに頭を下げる。
ショウエイはサクの肩にぽんと手を置いて言った。
「わかっていますよ。さ、早く支度をして出なさい。お金はすぐ用意できますか? 砂漠で入り用なものはあちらで調達なさい、持ち出しては下手に怪しまれます。私の知り合いのところでしばらく養生するということにしますから、そのつもりで。それにそれならこの忙しい時に城から出ても違和感はないはずです」
「何から何まで……ありがとうございます。では!」
サクを送り出したショウエイは穏やかな微笑みを浮べていた。
無造作に押し開かれた扉が、思い出したようばたんと音を立てて閉まる。
一時差し込んだ外の光が、また遮られて薄暗くなる。
ショウエイは床に落ちていたジンからの伝言の紙片をゆっくりと拾い上げた。
「いよいよ、動き出しますね……ジン?」
執務室の春大臣の椅子、自分の椅子にゆったりと腰を下ろしてショウエイはその表情に冷たい笑みを微かに浮かべる。
掌の中にある紙片を確認し、ショウエイはそれを握り潰し屑篭に投げ入れた。
「さて、私は待たせていただきましょうか。皆の帰りを、蒼月の帰りを、ね……」
ショウエイが忙しなく扇の開閉を繰り返す音が部屋に響いている。
――ここで、全ての準備を整えて……待ってますよ、サク……――。
ショウエイの薄い唇の端が僅かに上がる。
そして静かに立ち上がると、自ら施した奥の間の封印を解き、ショウエイは残務を終わらせるべく奥の間へと入っていった。
それから半刻ほどの後、サクを乗せた騎獣が王宮の結界から外へ出た。
しばらくして、王都ライジ・クジャを出たサクがその消息を断つ。
過労のために休息をさせるというショウエイは頑として口を割らず、翌日にはこの国のどこを探してもサクの姿は完全に消えていた。