即位


 風を孕んだ王旗がいたるところではためいている。
 王都、ライジ・クジャの城砦をくぐると、どこもかしこも新王の誕生を祝うために飾り立てられ、色とりどりの飾りは賑やかな街をより一層華やかなものにしていた。

 この町のほぼ中央に位置する王宮は、その四方をぐるりと壁に囲まれている。
 正面の門の上、その両側、そしてそこから伸びる城壁の上には等間隔に掲げられた王旗が翻り、そのばたばたという風に靡く音が耳につくその城壁の内側、城の中庭は人で溢れていた。

 周辺各国から招かれた賓客とその従者達。
 同じような装束で色の違う正装に身を包んでいるのは、クジャ王国の各州の長と州軍将軍を初めとする護衛の者と従者達。
 さらには、新王の晴れ姿を一目見ようと集まった城内の官吏や女官達、普段は王の前に姿を見せることすら叶わない下使いの者達までもがひしめきあっていた。
 間もなくすべての儀式を終え、正式にクジャ王国の王となったシムザが、その傍らにホムラを従えて姿を現す頃だ。

 中央の塔の五階層目からまず顔を出したのは、帯剣した武官だった。
 いつもはまるでその存在を隠すかのように布で覆われている剣が、今日は日の光を受けてその輝きを周りに見せ付けている。
 唯一無二のその剣――月華――を腰に帯び、決して華美ではないが何とも言えぬ艶と、それとはまた逆の精悍さの両方を兼ね備えた禁軍将軍シュウの正装した姿に、集まった民衆達から感嘆の溜息が漏れた。

 露台の様子を確かめるように静かに歩くシュウの視界に、地上で警備にあたっている部下達の姿が入ってくる。
 皆それぞれ、自分達だけがわかるような合図をシュウに向かって送ってきた。
 シュウは黙って頷くと、露台から姿を消した。

 いよいよ来るかと、王を待つ者達の期待が高まっていく。
 城のあちこちに配備されている禁軍兵士達の中に緊張が走る。
 なにせ、周辺の国からも賓客を招いての礼典である。
 警備にあたる禁軍兵士達も、この日ばかりはいつもの機能重視の地味な装備ではなく、儀礼の時にのみ着用することとなっている装飾品のついた派手目のものを身に纏っている。
 極彩色の様々な装飾と、風に翻る王旗が晴れ渡る空の青に映える。
 華やいだ雰囲気の中、緊張感を持って居並ぶ禁軍兵士達のその姿は、まさに圧巻と言ってもいいほどの迫力を放っていた。

「クジャ王国国王! シムザ様!!」

 その声にそれぞれ椅子に腰掛けていた各国の代表達が一斉に立ち上がる。
 彼らが他国の王に膝を折ることは決してない。
 だがそれぞれが各々の国の流儀で、クジャの新王に対して敬意を表す。
 傍らでは警護の者達が、緊張した面持ちで剣の柄を握り締めて当たりに視線を走らせる。
 その背後ではそれらの賓客達の従者達が膝をついていた。
 そのまた後方では、それぞれの階位に合わせてある者は片膝をつき右手を胸に当てて頭を垂れ、またある者は跪き地に手をついて額が地面につかんばかりに平伏していた。

 国内での混乱を避けようと規模も縮小され、一般の民衆へに対して城門は解放されなかった。
 ライジ・クジャの街に漂う華やかさも、民衆達の新王即位を祝うその気持ちも、閉ざされた門の外に置き去りにされ、それによって自国の王の即位もどこか他人事のようで、民衆達の思いが行き場所をなくして迷走している。

 新王の即位も、それを無事に迎えるためにと王を騙った罪で国外へ追放された者がいたという事すらも、特に気に留めるでもなく、人々は華やかな町の中でいつもの生活を送っていた。
 王宮の上空をも防護する結界も解かれることはなく、即位の儀としては異例なほどに地味なものとなった。

 そこだけ別世界のように浮き上がった王宮の中で、禁軍兵士達の手により祝砲が発射され、クジャ王国の新王朝が正式に発足した。

 祝砲の名残の薄い白煙と、火薬の臭いが風に混じって漂っている。
 賓客達が席に着いた頃合を見計らって、他の者達も頭を上げてもとの姿勢に戻ると、張り詰めていた空気が一気に揺らいだ。
 安堵の声にも似た吐息があちらこちらから漏れ聞こえてくる。

 その頃、城壁の外側では、轟く祝砲に人々は一瞬その手を止め、町の中央に聳える塔に目をやったりもしたが、すぐにまた自分達の生活へと戻って行った。

 王は軽く手を上げて、早々に塔の中へと姿を消した。
 その後を追うように塔の中に入っていくのは、王以上の威厳を放つ城の重鎮達だ。
 誰の目にもその様子は滑稽で、招かれた賓客達もついついこぼれそうになる苦笑を皆一様に噛み殺していた。

 王の姿も消え、残された客達が戸惑ったように顔を見合わせ始めた頃、左右の塔から手に楽器を持った楽士達と、着飾った女官達が並んで足早に出てきた。
 どうやらそれを合図に祝宴に移行することになっていたらしい。

 招かれた客以外の宮仕えの者達が、一斉に動き出す。
 禁軍兵士が目を光らせる中、賓客達は城の上級女官達が何やら説明などを受けている。
 楽士の奏でる雅な音楽と、年若い女官達による可憐な舞いを楽しみながら、賓客達は宴の準備が整うのを待っているようだ。

 中庭は一瞬にして騒然となった。

 一方、塔の中はさらに慌しく、正装をした高級官吏達が、動きにくそうに後片付けや宴の準備に追われていた。
 祝いの品を運び出す宮仕えの男達が、ぶつからないようにと周りに注意を促す声があちらこちらから響いてくる。

 その中をショウエイとサクは、人の流れに逆らってゆっくりと階段を上っていた。