リンはカナンと共に実家の離れで寛いでいた。
城から来た警備の者達は敷地の外にいるため、中に入るとそこはしんと静まり返っていた。
呼吸が整うのを待ったキトが庭から声をかけると、中からカナンの声で返事があった。
「誰です? 何事ですか」
「キトです。ホムラ様にお伝えしたいことがあり、参りました」
その声に応えるように障子戸がすっと開き、中からカナンが顔を出した。
「入られよ」
「……はい」
キトは丁寧に拝礼すると、そのまま縁側から上がり、促されるままに室内へと歩みを進めた。
部屋の中では、ちょうどお茶をしていたらしく、食べかけの菓子とまだ湯気のたっているお茶を前に置いて、リンが静かに座っていた。
キトがリンと向かい合うように座り、カナンは障子戸をきちんと閉めてからリンの傍らに腰を下ろす。
それを待っていたかのようにリンが口を開いた。
「わざわざ来て下さってすみません、キトさん」
「いえ、お気になさらないで下さい。これも勤めですから」
幼い頃からスマルと共に自分を妹のように可愛がってくれていたキトの、他人行儀な言葉遣いに思わずリンの顔が曇る。
キトとしても、やはりそれは同じ事であったが、カナンが横にいる以上、ホムラ様であるリンに対して今までのような口調で語りかけることはできない。
それでも精一杯の優しい笑顔でリンを見つめるキトは、軽く一礼してから正座に座りなおし、改めて深々と頭を下げた。
「恐れながらホムラ様に申し上げます。本日、宮より早馬の知らせが入りました。早急に城へお戻りになるようにとの事です」
その言葉にリンとカナンが顔を見合わせる。
キトは頭を下げたままで二人の反応を待った。
口を開いたのはカナンだった。
「わかりました。して、いったい何故に城へ戻れと言ってきたのか、そなたは知っておるか?」
「はい。近日中、正式に新王様の即位の儀を執り行うとの事でございます」
リンが息を呑む気配がして、それをカナンが宥めているのか、衣擦れの音がキトの耳に聞こえてくる。
キトは次に何を問われるか緊張して待った。
そして当然の流れとして、その言葉がリンの口をついて出た。
「キト……さん。あの、新王陛下と言うのはやはり……」
「……シムザ様にございます」
キトの視界の隅に、握り締めるカナンの手が映った。
「そう、ですか。わかりました。あの、顔を上げて下さい」
上擦ったような声でリンに言われ、キトは返事をして顔を上げる。
正面のリンは困ったような顔でまだ何か言いたげな顔をしていた。
わかりきったことではあったが、キトは一応リンに訊いた。
「あの……まだ何かお聞きになりたいようにお見受けしますが?」
どうやらリンは無意識だったようで、キトの言葉に驚いたように体を強張らせた。
キトはしまったと内心思い、慌てて言葉を付け加えた。
「申し訳ございません。私の気のせいでしたら、別にお構い……」
「いえ! そうではありません!!」
キトの言葉を遮りリンが口を開く。
カナンが何も言わないことを確認して、リンは再び口を開いた。
「あの、姉さんは? 姉さんについては何か聞いてはいませんか? 知らないのであれば別に構いません」
必死な様子でそう言ったリンを、カナンが静かに見守っている。
いったいどこまでリンに伝わっているのだろうかとキトは思案したが、知っていると言えばつい先刻チコから聞かされた話だけだ。
少し迷ったが、城に戻ればすぐに知れるとこだとキトは腹を決めた。
「詳しくは存じませんが、王を騙った罪人として囚われの身であると聞いております。問答無用で死罪となるはずのところを何やらの特別措置にて、国外追放処分が決定したという話です」
「国外、追放……」
「はい。詳しい経緯までは、私ではわかりかねます」
「そう、ですか……わかりました。ありがとうございます。もうお帰り下さい」
リンがそう言うと、キトは一礼してから立ち上がり部屋を出て行った。