夜明け前


「ぁ…シュウ将軍」
「久しぶりだな、ユウヒ」

 面の下の表情こそわからないが、ユウヒを取り囲む刑軍達のまとった空気が変わった。
 どうやら禁軍将軍の登場を、あまり歓迎していない様だった。

「ちょっといいか? 王からの許可はもらってる」

 その言葉に刑軍がサッと左右に分かれて控え、シュウはユウヒの前に歩み寄った。
 ユウヒは丁寧に拝礼をしてからシュウの方を見た。

「お久しぶりです、将軍。今日は…どうされましたか? 禁軍の…装束とは少し違うようにお見受けしますが」

 確かにその時のシュウは、普段着ている装束に剣を帯びただけの、武装とは言いがたいいでたちをしていた。
 いつもならまとめている髪も、今日は下ろして後ろで一つに束ねている。
 おそらくそうと知らなければ、彼が禁軍の将軍である事に気付かない者もいるだろう。
 ユウヒが不思議に思っていると、シュウの口から信じられない話が告げられた。

「いや、何というか…休暇でな、五日ほど。それでそのついでにお前についていくようにと、あるお方から頼まれている」
「はぁ? 何をおっしゃっているんですか?」

 ユウヒが驚きの声をあげる。
 しかしどうやらそれはすでに刑軍の方にも伝えられている事実のようで、驚いているのはユウヒばかりで、周りに控える刑軍からは動揺した様子は微塵も感じられなかった。

「休暇って…罪人を必ず国外へ出ることを条件に解放するのもどうかしているけど、そんな人間に禁軍将軍をつけるなんて…誰がそんな馬鹿な事を…」
「その辺は追って説明する。俺も話をもらった時には正直冗談かと思ったんだが…まぁいい、それも後だ。でもまぁ、わかるだろう? 俺を動かせる人間は限られているからな」

 それを聞いてユウヒはハッとする。

 ――シムザが? 何考えてんだか本当にわかんないな、あいつは。

 思わず苦笑したユウヒに、シュウが声をかける。

「それと…もう一人、頼まれててな。ちょっと、いいか?」
「え? あぁ、あの私には何とも…」
「そうか。それもそうだな…まぁ、いいだろう。俺が許可する」
 いったいシュウが何を言っているのかユウヒは全くわからずにいたが、シュウが物陰に向かって手招きした途端、ユウヒは全てを理解した。

「あ…」

 思わずユウヒの口から声が漏れ、その表情が歪む。
 シュウが手招きした方向から人影が飛び出し、それはまっすぐにユウヒに向かってきた。
 どこで止まるのだろうかとユウヒが見つめる中、その人物は勢いを落とすことなく、そのままユウヒに飛びついてきた。

「ユウヒ様!」

 慌てて後ろに一歩引いた足を踏ん張って、その人物を抱きとめる。
 久しぶりに聞くその声に、自然とユウヒの顔がほころんだ。
「ヒヅル…どうしてここに?」
「あ! も、申し訳ございません! とんだご無礼を…失礼いたしました」
 そう言ってうろたえながらユウヒから離れて拝礼し、その袖に顔を隠したヒヅルの向こうでシュウが必死になって笑いを堪えている。
 ユウヒはヒヅルの手を下ろさせると、その肩をぽんぽんと叩いて顔を上げさせた。

「久しぶりだね、ヒヅル。その…いろいろ心配かけてすまなかったね」
「いえ、そんな。あの、どうしてももう一度お会いしたくて…今日行ってしまわれると耳にしたものですから」
「そうか…私も最後にもう一度会えて嬉しいよ、ヒヅル」

 ユウヒはそう言ってシュウの方に目をやった。

「将軍、ありがとうございます。女官の言葉に耳を貸して下さったなんて…」

 ヒヅルの肩をスッと押して前に出たユウヒは、シュウに向かって深々と頭を下げた。

「何といって感謝していいのか、言葉もありません。本当にありがとうございます」
「気にする事はない。あんなにぐしゃぐしゃに泣いた顔を見せられてはな…その上これでお前が顔も見せずにいなくなったら、いったいこいつはどうなるか」
 そう言ってシュウは笑っている。
「俺が勝手にやったことだ」
 その言葉にヒヅルがシュウに向かって丁寧に拝礼した。

「もったいないお気遣い、本当にありがとうございます」

 そして顔を上げたヒヅルは、ユウヒに一礼してから口を開いた。

「あの…あまり無茶をなさらないで下さいませ。御自身を大切になさって下さいね。一緒に行くことはかないませんが、ヒヅルはここでユウヒ様のご無事をずっとお祈りしておりますから」

 まっすぐに見つめてくるヒヅルの視線から逃げることなく、ユウヒは笑みを浮かべて言った。

「あぁ、ありがとう。無茶はしない、約束するよ」
「ユウヒ様…」

 そう言ってヒヅルが嬉しそうに頭を下げると、自然、目が合ったシュウに向かって、ユウヒは軽く頭を下げ感謝の意を伝えた。

「もういいか? ヒヅル」

 シュウがヒヅルの肩を叩いて問うと、ヒヅルは少し不安そうな影を落とした笑顔で頷いた。

「そうか…」

 シュウはそう言ってヒヅルの肩をぽんと叩き、そのままユウヒの前に歩み出た。