王宮の中がいつになく妙な緊張感に包まれていた。
夜明けを待つ東の空には、まだ濃く深い緑色を帯びた暗闇が重たく横たわったままだ。
普段なら警備の者以外に動く影などほとんど見られないこの時間に、多くの人間が建物の中や柱の影からじっと外の様子を窺っている。
静まりかえった王宮に複数の足音が微かに響いてきた。
三つ並んだ王宮の塔の、その一番左側の塔の中から人影が現れた途端、全ての視線がその一点に集中した。
――出てきたぞ…。
誰彼ともなしに囁きあう声があちらこちらから空気を揺らす。
より一層緊張感が高まった時、その人物が顔を上げた。
――ユウヒ…。
吐息混じりにその名を口にしたのは、湯浴みの時間にいつもユウヒとの会話を楽しみながらその身の回りの世話をしていた女中達だった。
通いの女中達もどこから噂を聞きつけたのか解放されるユウヒの姿を一目見るため、昨晩から住み込みの女中達の部屋に泊り込み、その部屋の窓からずっと様子を窺っていたのだ。
女中達だけではない。
いつも声を交わしていた宮仕えの者達、女官や役人…様々なユウヒと関わった者達が、皆心配そうに事の次第を見守っていた。
念のためにと配備されている禁軍の面々も、表情にこそ出てはいないが心中はおそらく複雑に相違ない。
その証拠に、非番の者達でさえも、あたかも自分達も仕事でそこにいるかのような面持ちで、ずらりと顔を揃えている。
まだ日の昇る気配すらない時間帯に、あまりにも異様な光景であった。
ユウヒの国外への追放が言い渡されてから十日余り。
罪人というにはあまりに好待遇だった。
追放と聞かされているというのに荷支度等の準備をさせてもらえた。
必要なものは用意するとまで言われた。
ユウヒにはそれが逆に薄気味悪くて仕方がなかった。
だが常闇の間の暗闇の中にずっと閉じ込められていたユウヒには久しぶりの外だった。
いろいろと気になる事は多かったが、それ以上にやはり屋外にいる喜びの方が大きかった。
――久しぶりの外の空気だ。あぁ、やっぱり違う。なんて気持ち良いんだろう…。
ユウヒはまだ冷たい、少し湿気を含んだ夜の空気を存分に吸い込み、そしてゆっくりと細く長く吐き出した。
――はぁ…気持ちが良いや。息をしようっていう気にもなるし、これだけで幸せかもしれない。
そんな事を思いながら、ユウヒはまた一つ深呼吸をした。
気持ちが少し落ち着くと、異様な気配をそこかしこから感じることに気付いた。
もちろん、今のユウヒにそれを確かめる行為がゆるされているわけもない。
突き刺さるような好奇の視線を全身に受けながら、ユウヒは静かに王宮の庭を周りを囲む刑軍達と共に歩いていった。
目線だけを動かして周りを窺うと、不自然なほどに禁軍の姿が目についた。
不思議に思っているユウヒの前の刑軍が、驚いたように突然足を止めた。
――何?
ユウヒが少し体勢を変えて、前にいる刑軍の肩越しに前方の様子を窺うと、そこには剣を帯びた武人が一人立っていた。
ただの武人にしてはこの暗い夜の闇の中でも妙に存在感のあるその男の顔を見て、ユウヒは思わず声を上げた。