陰陽師 アンチエイジング 13.サクの決断

サクの決断


「は?」

 間の抜けた声でソルが聞き返し、居並ぶ側近達も何事かとサクの顔色を窺う。
 サクはそのまま先を続けた。

「しかしながら、だからと言ってただ解放して今まで通りというわけにはいきません。王に非礼を働いて国中に拡がる騒動を起こしている罪人を逃がしたわけですから、それは償ってもらわなければ。だが王宮から出すとなるとそれは火に油を注ぐようなもの。ユウヒの心の在り処はともかく、反体制を掲げる連中はユウヒを奪還して玉座にと…これまで以上に活発に動き始めるでしょうね。それは避けなくてはならない」

 側近達は皆、戸惑いを隠しきれないでいる。
 そんな中、ソルが苛立ち混じりに口を開いた。

「ではどうしろというのだ? このままずっと閉じ込めておけば良いのか?」

 それはあっさりとサクに否定された。

「それもあまり良い手とは言えないでしょう。逃がした罪人から情報が回るのも時間の問題です。蒼月奪還を掲げて王宮へ攻め入られても迷惑です」
「では王宮からは出すということか?」
「はい、出て行ってもらいます」

 誰ともなしに問いかけられ、その一言一言に他の側近達が頷いて同意の意思を示す。
 サクはその度にそつなく返答していった。

「し…しかし罪人とはいえホムラ様の実姉にそのような…ホムラ様がどう思われるか」

 弱々しい声でそう言った玄武省、通称冬省の大臣ワタニの言葉には、王がすぐに反応した。

「冬大臣! ホムラはこの状況をわからぬような女ではない。そのような懸念は要らぬ」

 王の言葉にワタニは慌てて王に向かって平伏した。
 そのやり取りに構うことなく、サクはまた話を続けた。

「ユウヒには、この国から出て行ってもらうのが一番でしょう。それと同時に処刑されたのではなく国外に出たという情報を流すのです。処刑されたと勘違いされて、逆にあちらの怒りを煽って妙な動きをとられるのも面倒ですからね。共に立つと思っていた存在の国外追放、拠り所を失えば反体制勢力とてその気力もそがれるというもの。勢いを失い、うまくすれば自然に消えていく可能性も出てくるでしょうね」

 サクの言葉を自然と傾聴している様子をショウエイが無表情に眺めている。
 ソルがまた何かを言い出そうとしているのを見て、サクはそれを遮るように口を開いた。

「さて…ではどこへ、という話になるわけですが…東のヒヅ皇国とすると、その国境周辺は青州。青州は現在、反体制勢力が国内で一番集まっていると思われる州です。我々人間にとって踏み入る事の困難な守護の森ですら、人外の者達には体の良い隠れ家にこそなりはしても、障害にはなり得ない。そこへ国境一つ隔てた向こうに蒼月と彼らが信じる人物を置く、ただでさえ燻っている火種をわざわざ煽ってやるようなものです。東方にユウヒを出すのはあまり得策ではないでしょう。南方は海。で、北方となると黒州は問題ないにしろ地理的に王宮の背後を取られることになる。どうという事はないが、あまり気分の良いものではない」

「では、西か?」

 聞いてきたのは他ならぬ王、シムザだった。
 サクはゆっくりと頷いて、王に向かって話し始めた。

「はい、西方の国、ルゥーンがよろしいかと存じます。ルゥーンと国境を挿んで面している白州は、常にルゥーン側からの不測の事態に備えており兵力も充実しております。また妖魔、妖獣の類に対する警戒も一都四州の中では随一。ユウヒと合流を計ろうにもルゥーン側へ抜けるには白州を通らねばならず、妖達とてそう容易にはいかないはずです」
「…なるほどな」

 王がつぶやき、秋大臣ソルも納得したように頷いた。

「報告ごくろうだった。サクに何かあるようなら、この場で述べよ。誰か…何かあるか?」

 シムザがそう言って側近達の顔を順に流し見るが、皆軽く頭を下げ、サクの意見に賛同したようだった。

「よしわかった…決まりだな」

 シムザの顔に安堵の色が浮かんだ。
 だがそれもすぐに消え、きりりと引き締まり、ふぅっと一息吐いて壇上から見下ろすその顔には余裕すら感じられた。  そしてシムザは立ち上がると、居並ぶ者達に向かって言った。

「罪人ユウヒを西方の国、ルゥーンへ追放する」

 王の言葉に一同が平伏する。
 顔を上げたサクの目に映ったのは、勝ち誇ったような薄笑いを噛み殺して顔を歪めるシムザの姿だった。

 衣擦れの音を残して王の間をシムザが退出した後、重苦しい沈黙の中、側近達がそれぞれ立ち上がって部屋を出ていった。

 ――これで…良かったんだよな、ユウヒ。

 大きな溜息を吐いて立ち上がったサクは、誰もいなくなった王の間で一人、つい先ほどまでシムザが座っていたあたりを、しばらくの間ぼんやりと見つめていた。



 < 第4章 虚空の城 〜完〜 >