「なんだ。例え話か? 何か行き詰ってるのか?」
唐突な問いかけにザインはすかさず問い返したが、ヒリュウからの返事はなかった。
ザインは現在ヒリュウが置かれているであろう状況を思い浮かべた上で、その問いの言葉を探した。
「そう……だな。俺ならとりあえず、行くしかないなら行くだけ行ってみるかな。で、どうにか違う道がないか、模索し続けるんじゃないかと思う」
その答えがヒリュウの求めている答えなのかどうかはわからなかったが、ザインの言葉を聞いたヒリュウは、体を起こし、困ったような、安心したような複雑な表情でザインの事を見つめていた。
「やっぱ、そうだよな。お前、頭いいもんな」
「なぁ、ヒリュウ。本当にどうしたって言うんだよ。何だったら俺に……」
「うん、わかってる。でももうちょっと待ってくれねぇかな。まだ話せるようなとこまで、俺ん中でもまとまっちゃいねぇんだよ」
ヒリュウはそう言って自分の茶器を持って立ち上がると、ザインの座る長椅子と卓を挟んで向かい側にある一人掛けの大きな椅子に腰をおろしてお茶を一気に飲み干した。
「あっちぃ……」
舌を出してそう言うヒリュウを見て、ザインは小さく笑った。
「お前がそんな湿気た顔をしていると、こっちまで調子が狂うな」
「なんだよそれ。俺がいつも馬鹿面でもしてるみたいじゃん」
「…まぁ、近いものはあるだろ?」
「ひっでぇな、おい」
そういうヒリュウの顔に笑みが少しだけ戻ってくる。
それでもまだいつもより声は沈んでいた。
「あ、うちの連中、どうしたかな? ザイン、詰所覗いた?」
「あぁ。何だか盛り上がってたぞ。どうやら今夜、カンタ・クジャの妓楼街に繰り出す連中がいるみたいだぞ?」
「花街へか? あいつら、元気だなぁって、いや、仕事の話を聞いたつもりだったんだけど」
ヒリュウが思わず笑いながら言うと、ザインもつられて笑った。
「お前は行かなくていいのか、ヒリュウ」
「え? 俺? なんで?」
ヒリュウが一応問い返すと、ザインはふとある話を思い出して、意味ありげな笑みを浮かべた。
「何よ、その笑い。ザイン?」
「いや、お前確か、好きな女追いかけてホムラ郷飛び出したんだったよな? 探さなくていいのかなっと思ってさ」
ザインの言葉に自分の膝にふてくされたような態度で頬杖をついていたヒリュウが、驚いたように立ち上がって言った。
「なななななぁんでお前がそんな話知ってんだ! ってか、俺誰にもそんな話した覚えねぇぞ! あぁぁぁぁ、もう……誰に聞いた!?」
ヒリュウの余りの驚きように、ザインはこの上なく愉快そうに言葉を継いだ。
「誰って…知ってる人は知ってるぞ? まだお前が最前線にいる頃だったか……ホウエン殿にしこたま飲まされたお前が、周りの先輩武官達に取り押さえられてな。まるで尋問でもするみたいにして、無理矢理お前から聞きだしたんだよ」
ザインの方は、ヒリュウとは対照的に落ち着き払っている。
「な……っ、なんだよ、それ!? 俺そんなん全然知んねーぞ!!」
「あぁ、だろうな。相当酔ってたみたいだったし」
ヒリュウは頭を抱え、蒼い顔をして俯いている。
「何だよ、何なんだよ、それ……お前も楽しんでないで先輩達止めろよ、ザイン」
「いやぁ、俺はまだその時そこまでお前と仲良くなかったような、そうでもないような……」
「……何そんな楽しそうに笑ってんだよ、てめえぇっ!!」
ヒリュウはそう言ってまた椅子に腰を下ろすと、ザインのお茶を一気に飲み干した。
「あっちぃ……」
ザインは笑いを噛み殺しながら言った。
「探さなくていいのか? 今日のお前の正装を見て、また見合いだなんだって話が盛り返しているみたいだぞ?」
「え? あぁ。そういやソノイ爺も何だかそんな事言ってたな。でもまぁ、いいんだよ。そいつのいる場所はわかってんだ」
そう事も無げに言ったヒリュウに、今度はザインの方が驚いて言った。
「え!? そうなのか? なんだ、お前そんなのちっとも……」
「あぁ、そうだな。話した事もないしな」
そう言ったヒリュウは、また少し沈んだような複雑な笑みを浮かべていた。
「会えないのか?」
そう問いかけたザインに向けたヒリュウの顔は、今までに見たこともないほど感情のない、冷たい笑みを浮かべていた。
「……ヒリュウ?」
ザインがその名を口にすると、ヒリュウからその冷たい笑みは嘘のように消えて、またさきほどのように困ったような顔が戻っていた。
「いや、会えないってわけでもないんだが……まぁ、いろいろあってな」
「そうか……それは、悪かったな」
「気にしてないよ」
そう言ったヒリュウの顔は気にしていないどころか泣きそうなほど張り詰めていて、ザインはもうそれ以上の詮索はやめることにした。
「ま、そういう事だからさ。あんまり遊んでるのもねって、思ったわけよ」
「……殊勝な心がけだな、お前にしては」
ヒリュウの言葉に、ザインはそう返して溜息を吐いた。
それから二人は、いつものように互いの仕事の話や世間話をして過ごした。
ヒリュウの様子がだいぶ落ち着いたようだったので、ザインは頃合を見て仕事に戻ろうと席を立った。
「あ、俺もそろそろ仕事に戻らないとな。っつっても、城ん中じゃたいした用事もねぇか……」
ヒリュウも思い出したように立ち上がり、ザインの机の上に散らかっている自分の髪飾りなどを無造作に掴んだ。