カルジェル 不動産担保ローン 第3章 見つめる瞳

見つめる瞳


 ザインと別れた後、ヒリュウは着慣れない正装のまま、王を探して王宮内を歩き回っていた。
 朝議の後に向かったであろう場所にはおらず、応接の間、王の間のすぐ隣にある次の間、謁見の間、当然の事ながら御寝殿にも王の姿はなかった。

「だぁぁぁっ! ったくよぅ。いったいどこにいるんだよ、わがまま王陛下はよぅ」

 いつものように頭を掻き毟りたくも、正装で髪を結い上げているためにそれすらもままならない。
 どうにも行き場のない怒りを抱えて、ヒリュウは王を探し続けた。
 そんな様子を見て、すれ違う者達が冷やかしの声をかけてくる。
 そしてまた、一人の老官吏が正装のヒリュウを見かけて近寄ってきた。

「おぉ、これはこれはヒリュウ殿。ついに身を固める決心でもなさったか!」
「はぁあ? おじじ、何言ってるんだよ」

 嬉しそうに声をかけてきたのは、先ほどまでの朝議にも列席していた白虎省、通称秋省の大臣、ソノイであった。

「おいおい、ソノイ爺。ついにボケたのか?」

 足を止めたヒリュウが、嬉しそうにソノイに話しかける。
 ソノイは呆れたように溜息を吐いた。

「その様子じゃ、まだまだじゃの。そのようないでたちもやっと様になってきで、そこへさきほどの朝議での態度、なかなか男を上げたもんじゃと感心したんじゃが……目上の者への口の利き方も知らん馬鹿将軍様じゃ、見合いの相手すらおらんじゃろうて」

 呆れ顔にも笑みが混ざるソノイの視線は、まるで孫でも見つめるかのように温かい。
 ソノイは城の中でも重鎮とされる大官吏の一人だが、これまでずっとヒリュウの成長を見つめてきた良き理解者でもあった。
 ヒリュウは照れくさそうに笑みを浮かべるとソノイに訊いた。

「そんなさ、ソノイ爺が心配してくれなくても、禁軍将軍ってのはなかなかどうして、声ってけっこうかかるもんなんだぜ? いや、そうじゃなくってさ…あの、陛下がどちらにおいでか、なんて……知らないよな?」
「またそんな口の利き方をしおって……ほんに、お前もまだまだじゃの、ヒリュウ。がっかりじゃ。あぁ、ほんにがっかりじゃ」

 愉快そうにそう言ってヒリュウを冷やかすソノイが、自分よりも上背のあるヒリュウの肩を手を伸ばしてゆさゆさと揺さぶると、ヒリュウはふざけたようにその動きに身を預け、楽しそうにゆらゆらと体を揺らした。

「わかったよ、ったく……秋大臣殿におかれましてはごきげん麗しゅう。つかぬ事をお伺いいたしますが、朝議の後、王陛下がどちらへ向かわれたのか、ご存知ではありませんでしょうか? お心当たりあらば、教えていただければありがたいのですが?」

 丁寧に拝礼して頭を下げると、にやにやしながらヒリュウはソノイの顔を覗きこんだ。
 ソノイは呆れたように一つ溜息を吐いた。

「見事な……棒読みじゃの、ヒリュウ」

 そう言ったソノイは、ヒリュウの頬をつまんでぐいっと引っ張ると、満足そうに鼻で笑った。

「図体ばかりでかい子どもになりおって! 知恵を身に着けた悪がきほど、厄介な者はおらんな」
「ふいまへんへぇ! ……いつまで経っても俺はこんなですよ」

 ヒリュウが言うと、ソノイはパッと破顔して言った。

「あぁ、それでいい。お前はそういう真っ直ぐのままでいい」
「……はい」

 ヒリュウはまた照れくさそうに笑みをこぼし、もう一度ソノイに訊いた。

「で、陛下の居所は?」
「いや、見かけておらぬ。ただお前からあのような気遣いをされた後じゃ。周りの者が陛下が心身共に休まるようにと、少しの間、目通りも叶わぬようにと……おぉ、そうじゃ。大きな露台のある部屋があるじゃろう? あそこは時々陛下が閨の代わりに使われることがあると聞いたことがある。ひょっとするとそちらにいらっしゃるのではないかな」
「あぁ! その部屋の事なら聞いた事があります。あ、でもお休みのところを伺うのも悪いか……」

 陛下の体を気遣う言葉が出た事にソノイは密かに笑みを浮かべる。
 正装した武官の長が、顔をころころと変えながらあれこれと思案に暮れている様子は、何ともヒリュウらしくてソノイには微笑ましくてならない。
 その温かな眼差しに気付いて、ヒリュウは不満そうな声を上げた。

「何よ、ソノイ爺。何か変か?」

 城に来たばかりの頃の無知で無邪気な子どものような顔をしたヒリュウを思い出す。
 ソノイは静かに首を振って言った。

「いや、何も変な事などありはせんよ。どうじゃ、顔を出すだけ出してみては。都合が悪いようであれば出直すよう言ってくるじゃろう。行くと言っておいて顔すら出さぬよりはその方が……」
「あぁ、そうか! そうだな!!」

 ヒリュウの顔がぱっと明るくなり、納得した様子でソノイを見て頷く。

「ありがとう、ソノイ爺。じゃ俺、行ってくるわ」
「またそういう口の利き方を…」
「無礼の詫びならば後程改めて申し開きにそちらまでお伺い致しますゆえ……勘弁な、おじじ!」

 そう言ってソノイの肩をぽんぽんと叩き、ヒリュウは三つ並んだ塔に向かって歩き出した。