「さっすがだなぁ、おやっさんは」
頭の後ろで腕を組み、伸びをするような態勢でそう言ったヒリュウをザインがあきれたように溜息混じりにたしなめる。
「あんなにすごい方を前にしておやっさんはないだろう、ヒリュウ。だいたいなぁ、巻き込まれたっておっしゃっていたぞ? あんな人を説明もなしに巻き込むなんて、お前いったい何考えてんだ」
「……説明ならしたさ、ちゃんと」
そう言ってヒリュウは強張った肩をほぐすように何度かまわすと、ザインをちらりと見てからゆっくりと歩き出した。
ザインも黙ってそれに続く。
その気配を確認して、ヒリュウがまた口を開いた。
「どうにかして、俺が王から四神を引き離す。王は俺が…お前は、四神達と直接話をしろ」
振り向きもせずにそう言ったヒリュウの言葉を、ザインは自分の中でゆっくりと咀嚼する。
「どうやって?」
そうたった一言返したザインに、ヒリュウは同じ言葉を繰り返した。
「どうにかして」
「どうにかって……まぁいい。で、引き離せたとして、だ。いったい俺に四神達と何を話せっていうんだ?」
その言葉にヒリュウは足を止めて振り返った。
「それはまだわかんね」
「はあ!?」
「悪い悪い。実を言うとな、まだこう…何だ、はっきりとした形にはなってねぇんだよ。こっからだってのはわかってるんだけどさ」
そう言って頭を掻きながら、悪びれもせずに笑うヒリュウとは対照的に、ザインの顔は怒っているようにすら見えるほど真剣そのものだった。
そんなザインを見て、ヒリュウの顔からも笑みが消える。
何かを言いかけて、すぐ側に人の気配を感じて慌てて口を閉じると、ザインに歩み寄ってヒリュウは小さくつぶやいた。
「動く前に相談しなくて悪かったな。お前なら俺が掴めそうで掴めない何かまで全部先にわかってくれるような気がしちゃってさ。ずっと考えてはいたんだけど…動くなら早い方がいいやって思ったから」
「いや、問題ない。さすがにちょっと驚いたが、はっきりとした形になっていないっていうなら、やりたい事も何となくわかるような気がしないでもない、ような……」
寄りかかるようにザインの肩に回した腕に体重をかけ、思わず噴出したヒリュウが前のめりになって笑う。
「何だそりゃ。わかってんのかわかってねぇのか、全然わかんねぇ」
ザインは不本意そうにヒリュウに言った。
「お前の頭の中は不可解極まりないけど、案外本質を外してないから腹が立つんだ。いいよ、俺も付き合う」
「ありがたい。そう言ってくれると思ってたぜ、ザイン」
「あんまり嬉しくないなぁ。面倒な事にならなきゃいいけど」
「あー、そりゃ無理だ」
ヒリュウがザインの肩から手を下ろし、二人は並んで歩き出した。
「今回ばっかりは面倒な事にしかなんねぇや、悪いな」
わびるヒリュウに、少しの沈黙をおいてザインが答える。
「わかってるよ、そう言ってみただけだ」
ザインは手を腰にあてて盛大に溜息を吐いた。
「……ホント、悪いな」
ヒリュウはそう言って力なく笑った。
しばらく言葉を交わす事もなく歩いていた二人だったが、ふと思い出したようにザインがヒリュウに話しかけた。
「おい」
「ん?」
首を傾げるようにして、ヒリュウがザインの方を気にかける。
ザインは少しだけ周りを気にするような素振りを見せてから口を開いた。
「さっき確かホウエン殿は、朝議が終わったらすぐにお前を陛下のもとにやるって言ってなかったか? お前、いいのか。こんなところで俺と話してて」
「あぁ、そういやそうだったな。行かなきゃ」
「行かなきゃって、おいおい。お前大丈夫なのか?」
呆れ顔でザインがヒリュウの肩をとんと軽く押すと、ヒリュウは一瞬泣きそうな顔を見せて、その後すぐそれをごまかすかのようにくしゃっと笑った。
「大丈夫だよ。ただ、これでもう後戻りきかなくなんのかなぁっとか思ったらさ、ちょっとな。柄にもなくいろいろ考えちまってな」
「戻る必要もないだろう? なんだ、珍しく弱気だなヒリュウ」
「弱気っていうか何ていうか……」
ヒリュウは足を止めて言った。
「なんでこんな事になっちまったのかなぁ、ってな」
「ヒリュウ……」
再び二人の間に沈黙が訪れたが、すぐにザインがそれをやぶった。
「なぁ、お前は今日、いつ仕事上がれるんだ?」
突然切り出されたヒリュウが驚いたようにザインを見つめ、とぼけた顔で首を傾げる。
「さぁ、わかんね。これから陛下のところに顔を出して、それ次第かな?」
「そうか。まぁ、いい。終わったら俺の部屋に顔を出してくれ。終わるまで待つよ、話がしたい」
「わかった。じゃ、もし都合悪くなったら、禁軍の誰かをお前のところにいかせるよ」
「あぁ、そうしてくれ」
ザインの心配そうな顔に安堵の色が浮かぶと、ヒリュウは申し訳なさそうに鼻を啜った。